大砲撃
ACU2314 1/28 帝都ブルグンテン 総統官邸
「我が総統、現地部隊よりこのような問い合わせがありました」
「問い合わせ? 何だ?」
ルテティア・ノヴァを焦土と化すべきか否か、オステルマン中将はザイス=インクヴァルト大将に問い質した。そして大将は、それを更に総統官邸に持ち込んだのであった。
「――なるほど。どう戦うかについては君に任せた筈だが」
「本件に関しましては、相当に政治的な問題です。ですので、内閣の方々にも意見を伺おうかと」
「そうか……。ではリッベントロップ外務大臣に答えてもらおうか」
「おや、私ですか」
事前の通達も何もなく、いきなり回答を求められたリッベントロップ外務大臣。最初は驚きを隠せなかったが、すぐにいつもの冷静な様子に戻る。
「そうですね……正直言って外交関係の悪化などは、大して気にする必要はないかと。そもそもヴェステンラント軍も一度、この帝都を攻撃し数万の民を殺しているのですから。それよりも寧ろ、我が軍の武威を敵に示し、一刻も早く敵を屈服させるべきであると考えます」
外務省は、最早外交的な解決が不可能であると考えている。圧倒的な武力を示し、敵を跪かせるしか、この戦争に終止符を打つ手段はないのだと。
「なるほど。しかし、ザイス=インクヴァルト大将、ダキアとの戦争に際しては、敵の首都を含む各都市への無差別虐殺によって勝利を得た。それとは違うのか?」
「はい。明確に異なります。すなわち、ダキアに対する空襲は、敵の最高指導者たるピョートル大公や、その他貴族達を対象にしたものでした。どこに隠れていようとも殺せるのだと大貴族共に知らしめ、降伏させるのが目的です。多くのダキア人を虐殺しましたが、それは主目的ではありませんでした」
ダキア空襲は、自分達は安全だと思い込んでいる大貴族に衝撃を与え、降伏に追い込むのが主目的であった。ダキア大公国の軟弱な指導体制を直接攻撃したと言えるだろう。
「ヴェステンラントでは同じようなことは出来ないのか?」
「まず不可能でしょう。ヴェステンラントは魔法の国ですから、大貴族は揃って強力な魔法を保有しています。砲撃や空襲に恐怖することはないでしょう。それにヴェステンラントの指導層の戦意は非常に旺盛です。脅しが通用する相手ではありますまい」
七公を含むヴェステンラントの貴族達は、魔法に対する科学技術の優位を証明されれば権力の基盤が根底から揺らぐ。だから彼らは断じて負けられず、徹底抗戦するだろう。
ダキアと同じような手は通用しない。つまりルテティア・ノヴァへの無差別攻撃は、戦術的な利益はあれど、戦略的な利益はないのである。
「ふむ……。しかし、首都を落とすこと自体は、それなりに意味があるのだよな?」
「無論です。いくら専制政治のヴェステンラントでも、王都が落とされたとなれば、国体に対する影響は甚大な筈です」
「だったら、王都を一刻も早く落とすことに全力を注いだ方がいいのではないか? 多くの無辜の民を巻き添えにするのは心が痛いが……」
「敵国の民です。我が総統が心を痛める必要はありません。では、作戦の実行を命令しましょう」
「ああ、それでいい」
総統官邸は、ルテティア・ノヴァへの無差別砲撃を決定した。
○
「――とのことだ。諸君、参謀本部からの命令により、我々はルテティア・ノヴァを灰燼と化させる。いいな?」
オステルマン中将は諸将に告げた。
「本気ですか、閣下? 本当に要塞でもないただの都市を砲撃すると?」
ゲルマニアの最高指導部が決定したのだ。決定が覆るとは思わない。しかしシグルズは、そう反駁せざるを得なかった。
「決めたのは私じゃない。私に文句を言われても困るな。それに、正気で戦争なんぞやっていられるものか」
「…………分かりました。ご命令とあらば、全力で成し遂げます」
「ああ、頼む。こんなことを押し付けて、すまないな」
オステルマン中将も乗り気ではないのだ。だが、ゲルマニアの勝利の為、感情論など捨て去らなければならない。科学の国ゲルマニアに必要なのは合理性だけである。かくして、ルテティア・ノヴァへの無差別砲撃が開始されることとなった。
○
丸一日かけて準備を整えたゲルマニア軍。ルテティア・ノヴァの前方10キロパッススほどに巨大な重砲を数十門並べ、砲撃の準備を整えた。
「――この大砲に撃たれれば、ヴェステンラントの建物なんぞ木端微塵だ。だが、忘れるな。王宮にだけは絶対に当てるなよ!」
「「はっ!」」
オステルマン中将直々に最後の訓示を下した。王宮に命中して万が一にも王族を殺してしまうようなことがあれば、ヴェステンラントは徹底抗戦を選ぶだろう。この砲撃はあくまで、ルテティア・ノヴァ攻略を容易にする為の手段である。
「では行こうか。全門、撃ち方始めっ!!」
中将の命令と同時に、引き金を一斉に引いたゲルマニア兵。数十秒の間を開けて、ルテティア・ノヴァの各所で同時に、キノコ雲を上げて大爆発が起こった。巻き上げられた粉塵、そして建造物の破片は、この距離からでも視認することが出来た。それだけ多くの市民が巻き込まれていることだろう。