王都ルテティア・ノヴァ
ACU2315 1/27 王都ルテティア・ノヴァ近郊
「うむ。ついに辿り着いたな」
オステルマン中将は言う。
「はい。辿り着きました。敵の本拠地と言うべき場所です」
ヴェッセル幕僚長は応えた。
メヒクトリ港を復旧し大量の兵士、物資を上陸させたゲルマニア軍は、ついに内陸への進軍を開始した。もっとも、今にも切れそうなくらい細い中央ヴェステンラントで、王都に到達するまでは数日とかからなかった。
軍勢は王都の手前20キロパッススほどの地点に展開し、オステルマン中将は近くにあった小高い丘に司令部を置き、ルテティア・ノヴァを眺めていた。
「何て言うか、綺麗な街だな」
「おや、閣下にもそのような感性があるのですね」
「……私を何だと思っているんだ、ハインリヒ」
王都ルテティア・ノヴァは、乱雑に無数の建物が居並ぶ帝都ブルグンテンと違い、街路は整然と碁盤の目のように整えられ、美しく統一された形状の建物が無数に整列していた。そしてその中央には巨大な宮殿が鎮座している。平時には七公が集うノフペテン宮殿である。
「えー、ルテティア・ノヴァは、大八洲を参考にした計画都市だそうです。事前に道路や区画を決めてその上に家々を建てたということですね」
「道が入り組んでないのなら、攻めやすくていいじゃないか」
「確かに、歴史的に見て、このような形式は軍事力で圧倒的に優位である国しか採用しない傾向がありますね」
整然とした都市はその国の威厳や国力を表しているように見えるし、まあ実際に相応の財力がないと実現出来ないのだが、軍事的に見ればとても攻め込みやすい脆い城だ。一直線の道路を戦車で進撃すればいいのだから。
「大したことはない、と見えるが、お前はどう思う?」
「敵はあの赤公オーギュスタンです。何か奇策があると考えるべきでしょう」
「奇策ねえ。結局、出来ることは何もないってことか」
「ええ、出方を探るしかないかもしれません。それか、敵が何も出来ないようにしてしまうか」
「ほう? つまり街を焼け野原にするってことか?」
「……ええ、その通りです。勝利には確実な方法でしょう」
市街戦の何が面倒かと言えば、隠れる場所が無数に存在することである。敵は地の利を活かし、いつでもどこでもゲルマニア軍に奇襲をかけることが出来る。だからその建物という建物を木っ端微塵にしてしまえば、条件は野戦と同じになる。
ヴェッセル幕僚長とオステルマン中将は、同じ発想に至った。何せ時間と物資に余裕はないのだ。ご丁寧に戦争をしている余裕はない。
「とは言え、こういう作戦は嫌がる連中もいるだろうな」
「いる、どころか、我が軍の将兵の大半が命令に嫌悪感を抱くでしょう。特にハーゲンブルク少将などは」
「ははっ、その通りだな。シグルズは嫌がりそうだ。とにかく、敵の情報はおおよそ分かった。作戦会議だ」
「はい」
オステルマン中将は師団長達を司令部に集め、一先ずルテティア・ノヴァを焼け野原にする作戦を提案した。そして予想通り、口には出さずとも、大半の人間が不快感を露骨に示していた。そしてまた予想通り、シグルズが発言の許可を求める。
「――閣下、恐れながら、民間人がその大半を占める王都への無差別虐殺など、僕はとても考えられません。それは我が軍の名誉を著しく毀損するものです」
「名誉、か。だがシグルズ、名誉なんてものに拘って負けたら、私達は人類が滅ぶまで笑いものになるぞ?」
「……では、発言を訂正します。このような攻撃を行えば、ヴェステンラントの一般大衆に、我が国に対する反感を植え付けてしまうことになります。即ち、ヴェステンラントを完全に屈服させることがほぼ不可能になってしまいます」
ヴェステンラントの市民、農民は、基本的に政治に興味がない。戦争についても、たまに一部の者が領主に徴兵されてどこかに連れていかれると、その程度の認識である。ヴェステンラントの非戦闘員には、戦争をしているという意識が希薄なのである。
だが、ヴェステンラント人なら誰でも知る王都が焼け野原にされたと知ったらどうだろうか。流石の彼らも自分達の国が戦時下であることを自覚せざるを得ないし、第一印象が大量虐殺であったらゲルマニア軍に何としてでも抵抗しようとするだろう。
実際、地球の歴史において、戦略爆撃に大した効果はなかったし、寧ろ敵国の戦意を引き上げたことすらあった。
「ふむ。逆に我が軍に恐れをなして民間人の方から降伏してくれるとは思わないのか?」
「そうとも考えられなくはありませんが、民間人を平気で大砲の的にするような連中に支配されてもいいと、普通の人間は思うでしょうか?」
「まあ、私はそうは思わんが」
「はい。多くの人々はそう考えるでしょう。そのような悪魔に支配されるのはごめんだと。徹底して抵抗してやろうと」
「うむ……」
ルテティア・ノヴァを落とすことだけを考えれば、準備砲撃を徹底的にした方がいいのは、誰もが疑いようのないところ。問題はそれがヴェステンラントに与える影響がゲルマニアにとって良いのか悪いのか、そして割に合うかである。