最終局面Ⅲ
プリンツ・オイゲンはアトミラール・ヒッパーのすぐ横で、その主砲を水平より下に向けた。元々自身より遥かに小型のガレオン船を主要な敵とする戦艦は、このようにすぐ隣の船を撃つことが出来るように設計されている。
そして、プリンツ・オイゲンの二連装主砲が、姉妹艦の舷側装甲を撃ち抜いた。被弾の衝撃はアトミラール・ヒッパーのあらゆる場所に轟いた。
「舷側装甲に穴が開きました!」
「よーし! 陸上部隊を突入させろ!」
プリンツ・オイゲンは事前に用意していた仮設橋を速やかに展開し、完全武装の兵士達がアトミラール・ヒッパー艦内に突入した。そして何が起こったのか理解出来ていない魔導兵を射殺し、運び込んだ遮蔽物で艦内に橋頭堡を築くことに成功したのであった。これでアトミラール・ヒッパーに自由に兵力を投入することが出来るだろう。
「オイゲンの陸上部隊が進軍を開始しました。進軍は順調なようです!」
「これで、勝てる……」
プリンツ・オイゲンを通して他の艦の部隊を送り込むことも出来る。ここまでアトミラール・ヒッパー艦内の部隊だけで戦わなければならなかったのが、実質的に兵力と武器弾薬無限である。
「第一主砲塔、奪還しました! あまり意味はないですが……」
「これで我が軍の勝ちは決まりですね!」
「ああ、そうだな……。よし、艦内に呼びかけてやろうじゃないか」
シュトライヒャー提督は艦内とその周辺の敵味方全員に、勝利を宣言する。
『決死の覚悟で奮闘してくれた我が軍の兵士諸君、そして愚かにも本艦に乗り込んできヴェステンラント兵士諸君に告ぐ。本艦は僚艦から援軍を得ることに成功した。これで我が方の兵力は無尽蔵! 勝ったも同然だ! ヴェステンラントの兵士諸君は、死ぬ前に逃げ帰った方がいいぞ! まあ死にたかったら戦い続けるがいいがな!』
「閣下……ちょっとふざけ過ぎです」
「そ、そうか? すまん」
ともかく、これで左舷から離れている兵士達も状況を把握したのであった。
○
「――そういうことらしいね。クロエ、どうする? 君達の負けは決まった訳だが」
相手を自由に動かす訳にいかず、ずっと睨み合いを続けていたシグルズとクロエ。そんな彼らにも、シュトライヒャー提督のふざけた放送が届いた。
「ええ、そのようですね。艦内の部隊からも押されているとの報告が入っていますから、ハッタリではないようです」
「だったらどうする? みんなで降伏してくれるのかな?」
「いえ、逃げますが。それ以外の選択肢はないでしょう」
「だったら――」
「だとするとあなたは橋を落とそうとするでしょうが、それは不可能です。大人しくしているのが賢明ですよ」
今度は逃げる敵を艦内に閉じ込める為にシグルズが橋を落としたくなった。だが、クロエが健在な限りそれは不可能だろう。それは無駄な努力だろうし、シグルズにはやる気もなかった。
「まあ、いいだろう。君が何もしないのなら、僕も何もしない」
いい加減疲れた。シグルズにもクロエにも戦意はなかった。
「そういうところは好きですよ、シグルズ」
「合理性に理解があるようで嬉しいよ」
かくしてクロエの号令で、ヴェステンラント軍は一斉に撤退。シグルズは何もしなかったが、アトミラール・ヒッパーからの砲撃で百人以上が吹き飛んだ。ゲルマニア軍に出来たのは、それだけであった。
クロエは自軍の撤退を上から確認すると、彼女自身は殿軍を務めるように、最後に飛び去った。
「クロエ様、お待たせしました」
「マキナ……無事でしたか? というか無事ですか?」
「ええ、はい。特に問題はありません」
マキナはあんな激闘を繰り広げて身体のほとんどがついさっき再生させたものだというのに、素っ気ない顔をしてクロエの許に戻ってきた。
「本当にそうですか? あなたはずっと戦っていたのに、艦橋を制圧出来ていない。何かあったとしか思えませんね」
「それは……」
「別に怒っているのではありません。ただ、敵にあなたを食い止められる脅威が存在するのなら、把握しておきたいだけです」
「……はい。それではご報告します」
マキナは嫌々ながら、クロエに戦闘の一部始終を説明した。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「はい。私は平気です。死ななければ、いかなる傷もどうということはありませんから」
「本当に、そんな無茶はもう二度としないでください。分かりましたか?」
「……はい。分かりました」
マキナはクロエを心配させるのが煩わしくて黙っていたのだが、結局こうなってしまった。
「まあ、いいでしょう。しかし、あの緑の目の魔女ですか。能力は把握していましたが、あなたのような不死身の魔女に対して相性がいいようですね」
「と、言いますと?」
「自分で気づいていないんですか? エスペラニウムをいくらたんまりと持っていても、肉体ごと全部吹き飛ばされたら終わりです。その点では、オステルマン中将の魔法はとても優秀です」
体を内部から爆発させる魔法は、体のどこにエスペラニウムを隠していても無理やり接触を断つことが出来る。それは恐らく女王にとっても脅威だろう。
ヴェステンラント合州国として警戒すべき敵が一人増えた。