最終局面Ⅱ
「こ、このままでは、上陸した友軍が撃たれてしまいます!」
「そんなことは分かっている!」
シュトライヒャー提督は必死で考える。この状況をどう打開するべきか。
「主砲塔を奪還させますか?」
「いいや、無理だ。奴らが守るところに攻め入るなんて無理だし、時間がない」
「で、では、どうすれば……」
「第一主砲塔の仰角が上がっています! 敵は本気です!!」
「クソッ……」
何としてでも友軍に被害が出ることだけは避けなくては。陸地にはゲルマニア人以外にも少数だがルシタニア人、ブリタンニア人もおり、ゲルマニア海軍は彼らの信頼を失うことになってしまう。それに、海軍の大砲が味方を傷付けることは断じて許容出来ない。
「こうなったら……これしかない。第二主砲塔に通達! 第一主砲塔を撃てっ!!」
「ほ、本気ですか?」
「当たり前だ! 第一主砲塔を吹き飛ばしてでも、敵に使われることを阻止せよ!!」
「はっ!」
第一主砲塔と第二主砲塔はすぐ隣にある。砲身を水平にして前に向ければ、第一主砲塔を撃つことは可能だ。シュトライヒャー提督は躊躇うことはなかった。
「安全の為に仰角は制限するべきだと言われていたが、省略してよかったな……」
普通の軍艦は自分を自分で撃てないように制限があるのだが、アトミラール・ヒッパー級戦艦にはその機能がない。地球の基準からしたら欠陥品そのものだが、今回はそれがあったら詰んでいた。
「準備、整いました!」
「よし。撃てっ!!」
僅か10パッススほど先の目標に向けて、第二主砲塔は砲弾を叩き込んだ。榴弾ではあるが、ここまでの至近距離では十分な破壊力があり、周囲にいた魔導兵もろとも、第一主砲塔に大穴を開けた。そして第一主砲塔は止まったのであった。
「第一主砲塔、沈黙!」
「最悪の事態だけは避けられたな……。とは言え、状況は全く改善されていないが……」
別に艦内の敵を減らせた訳ではない。状況は最悪そのものの上下で推移している。
「閣下! 第三主砲塔が敵の攻撃を受けています!」
「もう来たのか……。守り切れそうなのか?」
「厳しい、とのことです」
「そうか……」
そんな状況でも報告を寄越してくれた兵士に感謝しつつ、しかしシュトライヒャー提督は艦を守る為に最善の命令を下さなければならない。
「第三主砲塔に通達。操作盤を全て破壊せよ!」
「敵に奪われても使えないようにする、ということですか」
「そういうことだ。甚だ不愉快だがな」
「はっ!」
第三主砲塔の兵士達は主砲塔の設備を粗方破壊し、そして白旗を挙げた。設備の修理はライラ所長が本国の技術者くらいにしか出来ず、いくら捕虜を取っても修理することは不可能である。これで第三主砲塔が敵に使われることはない。
「しかし閣下、このままではジリ貧です。どうにか、状況を打開する策はないのでしょうか……」
「そんなことを言われてもな……。現状維持ですらままならないこの状況で、どうすればいいんだ? 私が教えて欲しいくらいだ」
「閣下、プリンツ・オイゲンを何とか使えはしませんか?」
「プリンツ・オイゲン? ふむ」
すぐ側に浮いているプリンツ・オイゲンは――と言うか周辺の全ての軍艦は――完全に遊兵と化してしまっている。外部からアトミラール・ヒッパー艦内に介入することが出来ないからだ。
「プリンツ・オイゲンでアトミラール・ヒッパーに接舷攻撃するというのは、いかがでしょうか?」
オイゲンをヒッパーに横付けさせ兵士を送り込むという単純な作戦である。
「上甲板には魔導兵が山ほどいるんだ。乗り移ろうとしたところを弩で叩き落とされて終わりだろう。プリンツ・オイゲンから射撃するのも無駄だしな」
「そ、そうですね……」
「だが、やりようはあるかもしれんな」
この作戦、そのままでは失敗は目に見えているが、シュトライヒャー提督は一つ工夫を思い付いた。
「敵は上甲板からの反撃を想定している。だからそこに仕掛けるのは無理がある。だが、それ以外なら可能性はあるんじゃないか?」
「と、言いますと?」
「中甲板に直接兵士を送り込むんだ。奴らにやられたようにな」
「舷側から突入、ですか。しかし、中甲板の舷側は敵に制圧されており、開けることが出来ません……」
アトミラール・ヒッパーは上陸用に中甲板を大きく開放し、タラップを降ろすことが出来る。しかしその場所は既に敵の制圧下になっており、開けることは出来ない。
「分かっている。だから、力づくで開けるのだ」
「力づく? まさか、プリンツ・オイゲンの主砲で舷側に穴を開けると?」
「察しがいいじゃないか。まさにその通りだ。舷側に穴を開け、兵士を一気に突入させる。奴らの虚を衝くにはいいんじゃないか?」
「そ、そうですね。いけそうな気はします」
「そうだろう? では早速、実行に移そうじゃないか」
「はっ!」
シュトライヒャー提督はプリンツ・オイゲンに命令を下した。アトミラール・ヒッパーの舷側を撃ち、開いた穴から兵士を突入させよと。プリンツ・オイゲンの艦長は僚艦を撃つことを躊躇ったが、すぐにその必要性を理解し、実行に移した。
プリンツ・オイゲンはアトミラール・ヒッパーのすぐ横で錨を下ろした。