マキナという存在
マキナは4つの火炎放射器から放たれた炎を狭い階段で浴びせられた。あまりの爆炎故に、その姿を確認することは全く不可能であった。
「油断するな! そいつを燃やし尽くせ!!」
「「おう!!」」
兵士達は更に火力を高め、およそ人間を相手にする時のそれではない火力と燃料をマキナに叩き込んだ。そして炎を浴びせ続け、5分ほどが経過した。艦橋には煙が流れ込み、温度も灼熱と言ってもいいほどまで上がっている。
「……火炎放射器、止めろ!」
オステルマン中将の命令で火炎放射器は停止した。すぐに収まった炎の先に何があるのか。普通に考えたら性別も分からないほど焼け焦げた真っ黒の塊だろう。だが、マキナはそうはならなかった。
「骨、なのか……?」
「ひぃっ……! ば、化物!!」
「これは…………」
オステルマン中将も思わず息を呑んで立ち尽くす。そこにあったのは真っ黒の骨格標本のような何かであった。焦げた布や肉がこびりついているが、完全な人間の骨の形を保っている。
そして、その頭部だけは骨になってはいなかった。ほとんどが骨になり、顎や頬や眼窩の構造がよく分かったが、左目と左耳の辺りだけは、煤で汚れることもなく、人間の姿を保っていた。そして、その左目が動き、オステルマン中将を睨みつけた。
「生きてる、のか……? いや、そういう問題でもない気が――っ!?」
骨だけになった体が、動いた。右足を前に踏み出し、段を上がったのである。信じがたい光景に、ゲルマニア兵達はただただそれを眺めていることしか出来なかった。
「お前は、何なんだ……。単に再生能力の高い魔女とも、異質だ」
マキナは再び一歩、歩を進める。歩きながら、骨だけだった体に肉と皮が纏われていく。よく見ると、それは再生させているというより、飛び散った肉片を集めて再び形成しているようであった。
「やはり、異質…………」
「……私をこんな姿にするとは、やってくれたな」
「喋れるのか」
「この程度で、私を滅ぼすことは出来ない」
いつの間にかマキナは先程の猛攻が嘘だったかのように、今すぐ王宮で仕えられるような身なりを整えていた。オステルマン中将はそんな様子を目の当たりにして、相手を殺すことよりもその存在への興味が上回っていた。
「マキナと言ったな。お前は単に再生能力が高い魔女ではない。そもそも、人間ですらないように思える。お前は一体何なんだ?」
「私は白の魔女に代々仕える存在だ。それ故にこの体は鉄で作られ、表面を覆う肉は見た目を繕う為のものに過ぎない」
「はっ、人造人間だとでもいうのか?」
「どうでもいいことだ。何故なら、お前達はここで死ぬ」
「まだ戦う気なのか?」
オステルマン中将は心底驚いていた。あそこまでされて、まだ戦おうとするとは。
「無論のこと」
マキナは魔法で長剣を作り出し構えた。
「ど、どうするんだね、オステルマン中将!?」
シュトライヒャー提督は顔を真っ青にして問う。もっとも、顔が真っ青なのは彼に限った話ではないが。
「ちゅ、中将……?」
だが、オステルマン中将は何も答えず、死んだように黙り込んでいた。その様子にはマキナも異常なものを感じ取ったようである。
「どうした? 恐怖で体が動かなくな――」
「ふはっ!!」
オステルマン中将は突然楽しそうに笑うと、背中に背負っていた小銃を目にも留まらぬ速さで抜き、誰も彼女の行動を理解出来ないうちに引き金を引いた。そして次の瞬間、マキナの顔が吹き飛んだ。顔の黒い骨を露出させながら、マキアは糸の切れた人形のように倒れた。
「あー、久しぶりだなあ、本当に。この時を待っていた!」
「ど、どうしたんだ……?」
「あ、これはあれですね。中将閣下の二重人格のいつもは出てこない方です」
これを見たことのあるヴェロニカは冷静に説明した。ジークリンデ・フォン・オステルマン中将が魔法を行使する時にだけ顕れる人格、自称シュルヴィ・オステルマンである。
目標の体内で爆発する銃弾を扱う、銃弾を防ぐ手立てを持たない人間からしたら恐怖でしかない魔法を使う魔女である。彼女のリボルバーライフルはそれ専用に改造されたものだ。
「おいおい、もう終わっちまったのか?」
「終わってなど……いない……」
「おお、すごいな」
マキナは頭を作り直して復活した。そして隣に落ちていた剣を拾う。
「貴様……先程までは手を抜いていたとでも――」
「ほらっ!」
「うっ……」
今度は胸の辺りごと心臓を吹き飛ばした。マキナは一時跪く姿勢になるが、すぐに飛び散った血を集めて再生を図る。しかしそれが済む前に、シュルヴィは再び彼女の頭に銃弾をぶちこみ、頭の中で爆発させた。
それでもなおマキナは死なず、何度でも起き上がる。その度に時間を巻き戻すように、与えた損傷は全て完全に修復された。
「そんなに再生してもエスペラニウムを使い切らない。どうなってやがる」
シュルヴィでも気付くおかしなこと。魔法を行使するのに必要なエスペラニウムを、彼女が携帯しているようには見えない。体内に隠しているという線も、先程黒焦げにした時に消えた。
「さあ、どうかな」
「ま、いっか」
シュルヴィは容赦なく銃弾を放ち、マキナがマトモに立つ隙すら与えない。