アトミラール・ヒッパーへの急襲Ⅲ
「聞いたことがある……。ヴェステンラントの魔女、マキナ。どれだけバラバラにしても死なない悪魔だと……」
白の魔女クロエの付き人、マキナ・ツー・ブラン。レギオー級の魔女に匹敵する魔法を持つと噂され、少なくとも青の魔女シャルロット並の再生能力があるらしい。そんな化物がアトミラール・ヒッパーの中にいる。
兵士達は生唾を呑んだ。
「う、撃てっ!! 粉々にして殺すんだ!!」
「「おう!!」」
兵士達はたった一人の少女に向けて、その場にある全ての銃器で射撃を開始した。普通の人間なら身体がバラバラになって原型も留めないだろう。
「は、走って来た!?」
「クソッ! クソがっ!!」
マキナは銃弾の暴風の中、走り出した。 必死に彼女の身体に銃弾を叩き込む兵士などまるでいないかのように。
「来るなっ! 来るなああ!!」
「死ね、ゲルマニア人」
マキナは長剣を一振りし、機関銃を構えていた数人の兵士の首を刎ね飛ばした。そしてその周囲で小銃や突撃銃を持った兵士も、20秒と経たないうちに血祭りに上げられた。
「どうということはない。次だ」
マキナは艦橋を目指して進み続ける。
○
「第8防御拠点、突破されました!」
艦橋に、先程の戦闘の報告が届いた。
「やはりここを目指してくるか……」
シュトライヒャー提督は冷や汗を流しながら艦内の地図を見つめている。
「大丈夫ですよ、閣下。たったーつの防衛線が突破されただけで、艦橋に近いほど強固な陣地を整えています」
オステルマン中将は言った。彼女はたまたまアトミラール・ヒッパーに乗り合わせただけであるから、混乱を招かない為にも部隊の指揮は取らず、艦橋から戦局を俯瞰していた。
「本当に大丈夫か? 一瞬で抜かれた気がするんだが」
「ご安心ください。陸軍を舐めないで――」
「第5防御拠点、突破されました!!」
「……何だと?」
一つ内側、艦橋に近い陣地が先程の報告から5分と持たずに突破された。これには流石のオステルマン中将も、何か異変を感じ取った。
「おいおい、どこも大丈夫じゃなさそうじゃいか」
「ええ、確かに。そのようです。敵は何だ? 報告は入っていないのか?」
「そ、それが、敵はたった一人の魔女であると……」
「どうしてそれを早く言わないんだ! ……こいつは大変なことかもしれません、閣下」
「ど、どういうことだ?」
「こんなことが出来るのは、敵軍のレギオー級の魔女だけでしょう。そうであるのならは、普通の装備では対抗出来ません」
オステルマン中将は概ね状況を理解した。それがかなり危機的な状況であるということも。だが冷静さは失わない。
「ど、どうするんだ?」
「敵が弾丸を防ぐ魔法を持っているにしろ、高い再生能力を持っているにしろ、火炎放射器が有力だと思われます。この艦橋で、敵を迎え撃ちましょう」
「こ、ここでか」
「準備に時間がかかります。兵士達が時間を稼いでいる間に、用意を整えます」
「わ、分かった。ここのことは君に任せる」
「はっ。海兵諸君、私の命令に従ってもらおう!」
オステルマン中将は艦橋で敵を殺す準備を始めさせた。
「それとヴェロニカ、お前にも働いてもらうぞ」
何かの役に立つだろうと、シグルズが艦橋に残してきたヴェロニカ。シグルズは魔導探知に期待していたが、どうやら肉体労働に駆り出されるらしい。
「え、私ですか……?」
「ああ。お前ならば大抵の奴を相手に足止めくらい出来るだろう?」
「わ、分かりました」
ヴェロニカは軍服の中に隠してあるナイフを確認した。
○
「ここが艦橋、か。大したことはなかったな」
マキナは次々と陣地を突破し、艦橋の真下に到達した。そして艦橋へと至る狭い鋼鉄の階段を登り始めた。
「撃て!!」
踊り場を通過したところで、階段の上から数千の銃弾が降り注いできた。肉が抉れ骨が軋むが、次の瞬間には何事もなかったかのように修復されている。
「この悪魔がっ!!」
「いい加減に死ねっ!!」
「まったく、うるさい奴らだ」
マキナはとっととゲルマニア兵を殺すことに決めた。長剣を前に構え、階段を駆け上がる。
「さあ、死ね」
一気に距離を詰め、そして兵士達を斬り裂く――筈であった。彼女の剣は何か硬いものにぶつかり、中空で止まった。
「お前は……」
「お、お久しぶりですね」
人間を軽く切断する剣を真正面から受け止めたのは、ヴェロニカの短剣であった。兵士達は最初からそうするつもりだったかのか、後ろに下がった。
「ゲルマニア兵はお前に丸投げしたのか。可哀想なことだ」
「そ、それはどうも。しかしここは通しません」
「…………」
マキナは無言で再びヴェロニカに斬りつける。しかしヴェロニカは慣れた剣さばきで、それを簡単に受け止めた。
「いつまでそうしているつもりだ」
「そうですね……そろそろ終わりにしましょうか!」
「?」
その時、5人ほどのゲルマニア兵がヴェロニカの後ろから姿を表した。その両手の中には太い管が握られている。
「それは……」
「放てっ!!」
「!?」
その瞬間、マキナの視界を赤橙の炎が埋めつくした。