アトミラール・ヒッパーへの急襲
「た、大量の魔導反応が、内陸の方向から迫っています!!」
「ここに来て反撃か……? まあいい。すぐに戦闘用意を整えよう」
敵の主力が反撃してくることは想定されていが、それはあくまで上陸直後の不安定なところを狙ってのものであって、ここで来るのは意味が分からない。とは言え、やることは決まっている。シグルズは戦艦の艦橋に飛んだ。
「閣下、敵が来ます。直ちに砲撃の準備を」
シグルズはシュトライヒャー提督に、半ば命令口調で言った。
「わ、分かっている。もうやらせているところだ」
せっかくここに戦艦がある。ブリュッヒャーもすぐ近くで待機している。戦艦は海の上だけの存在ではないということ、艦砲射撃の恐ろしさを見せつけてやろう。アトミラール・ヒッパーの主砲、副砲は、速やかに射撃準備を整えた。しかし――
「閣下! 敵が見えました!」
「何? 早過ぎるぞ!」
アトミラール・ヒッパー艦橋から、ヴェステンラントの魔導兵、魔導騎兵数千の姿が見えたのである。
「距離が近過ぎます! これでは味方を巻き込んでしまいます!!」
「クソッ! やられた!」
敵はいつもの作戦で魔導反応を隠して接近し、魔法を発動して一気に突撃をかけた。アトミラール・ヒッパーの態勢が整う前に、敵は上陸したゲルマニア兵に肉薄し、砲撃を封じたのである。
「敵は本艦を目指しています!」
「またかっ! 直ちに離岸しろ!!」
「橋で陸地繋がれているのです! 離れられません!」
「クッ……。ここまでが奴らの作戦だとでもいうのか」
シュトライヒャー提督は顔を青くする。敵軍の狙いはこれだだったのだ。アトミラール・ヒッパーが陸地から離れるのに時間がかかる状況を作り、地上から乗り込もうというのである。
「敵の狙いは本艦だ! 艦内総員、白兵戦に備えよ!!」
ヴェステンラント軍が艦内に侵入してくるのはもう何度目かも分からないくらいのことだが、今回の敵は数が違う。シュトライヒャー提督は最大の備えを兵士に行わせる。
「それと……シグルズ!」
「は、はい」
「こんなことを頼むのは好ましくはないが、あの橋を君の魔法で落としてくれ。そうすれば、戦わずに済む」
真っ当な軍隊としてたった一人の兵士の個人芸に頼るなど論外だ。しかし、そうも言ってはいられない。
「はっ。今すぐに」
シグルズも選り好みをしている余裕はなかった。艦橋から飛び出すと、一直線に橋の上に滞空し、そして魔法で橋を破壊する――
「っ……!」
シグルズは声にもならない音を出して呻く。彼の腹には長剣が突き刺さり、内蔵を何個か貫いて背中から出ていた。
「や、やって、くれるな……」
魔法で剣を引き抜き、傷を修復する。このくらいの傷ならば、もう気絶せず落ち着いて対処出来る。そして、シグルズは彼に剣をぶん投げた相手が、見るまでもなく分かった。
「クロエ……また君か」
「ええ、シグルズ。魔法嫌いのあなたが魔法に頼るような真似をするとは、想定外でしたがね」
白い装束を纏い黒い羽を持った少女が、両手に剣を持って飛んでいる。
「想定外だったら、何でここにいるんだ?」
「万が一ということもありますから」
「……あっそう。とは言え、今は君と殺し合っている暇はないんだ。橋を落とさせてもらう」
「そうはさせませんよ」
「無理やりにでも、やるさ!」
「っ!」
シグルズは飛行の魔法を解除し、真っ逆さまに落下した。クロエの攻撃から逃れる為である。そして両手に力を込め、橋の一部を投げ飛ばして破壊しようとする。
――動かない、何故だ。
シグルズが渾身の魔法を込めて動かそうとしても、橋はビクともしなかった。いつものシグルズならば、多少疲れはするものの、そう苦労せずに持ち上げられる筈だというのに。
「シグルズ、忘れたんですか? 私はあらゆる金属を操る白の魔女なんですよ?」
「……そうだった」
見上げると、クロエは魔法の杖をシグルズの方に向けていた。橋を壊すのは無理そうだと、シグルズはすぐに理解した。
「だったら、君を排除するしかなさそうだな」
「おや、そんなことをしている暇はあるんですか? 我が軍がアトミラール・ヒッパーを制圧してしまいますよ」
騎兵達は橋を渡る。もうすぐにでもアトミラール・ヒッパーに突入するだろう。
「僕の軍隊を舐めないでもらいたいな。それに、君を放っておいたらこいつらと一緒に攻め込んでくるんだろう?」
「ええ、まあ。私達はいつもこうですね」
「まあ、僕はその方が健全だと思うけどね。僕達みたいな化物どもは化物同士、外野で殺し合って、戦争は技術と物量で決せられるべきだ」
「なるほど。あなたらしい発想ですね。ではいつも通りに殺し合いましょう」
シグルズは機関砲を作り、クロエは長剣をシグルズに向ける。いつも通りの足止め合戦が始まり、戦闘は地上の人々に委ねられる。
○
「さあ、敵が来るぞ。撃ち方用意!!」
アトミラール・ヒッパーに繋がる橋に簡易的なバリケードを造り、兵士達は機関銃や小銃を構える。それを指揮するのはオーレンドルフ幕僚長である。敵兵は鋼鉄の橋を渡り、一直線に突っ込んできた。