サン・クリストバル急襲Ⅱ
シグルズの定めた24時間の猶予が経過した。
「シグルズ、もう時間のようだな」
「ええ。見たところ、人間はいないようです。魔導反応も最後に確認させましょう」
真夜中であるが、サン・クリストバルには一切の灯りが見えない。完全なる闇である。念の為魔導反応も確認させたが、市内に魔女も魔導兵も一人もいないようである。
「ヴェステンラント軍の司令官は賢明な人間だったようです」
「こうも素直に従ってくれるとは思わなかなったな」
「では、攻撃を開始しましょう。閣下、お願いします」
「任された。全艦、撃ち方用意!!」
アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲン、二隻の戦艦の主砲と副砲がいななき、狙いを定める。
「撃ち方、始めっ!!」
砲撃が開始された。主砲、副砲、共に装填された榴弾が、沿岸から内陸まで、サン・クリストバルのあらゆる場所で炸裂した。爆炎だけでなく、そこら中に火が着き、先程まで真っ暗闇であったサン・クリストバルが煌々と輝き始めた。大火に包まれ瓦礫の飛び散る様は、傍から見たらとても美しいものであった。
「人がいなくて、本当によかったな……」
「まあ僕は、人がいてもやる気でしたが」
「……そうか。この調子だと、もう何もしなくてもよさそうだな」
「砲弾は節約しましょう」
誰も火を消す者はいない。一度着いた火が消えることはない。サン・クリストバルの大火は燃え広がり、燃え盛り、一夜にしてこの都市は灰燼と化したのであった。
艦隊はサン・クリストバルの火が自然に収まる頃までずっとその場にあったが、特にすることはなかった。ただ炎を眺めていただけである。
「もうそろそろ日が昇る。皆、休むといい」
シュトライヒャー提督は全艦隊に暫くの休息を命じた。だが、それからすぐであった。
「閣下! クバナカン島西部より、多数のヴェステンラント船が出航したとのこと!」
「何? まさか我々を攻撃しに来たのか?」
「い、いえ、敵艦隊は西に向かったとのことです。方角からすると、王都の方かと」
「それは……敵に先手を打たれたんじゃないのか?」
敵の継戦能力を奪うのが目的だったが、その前に敵は島から撤収してしまった。これは敵が既にゲルマニア軍の思惑を読んでいたということに他ならない。
「シグルズ、どう思う? この展開は望ましいか?」
「最善ではありませんが、及第点です。我々の目的はクバナカン島の安全を確保することで、敵が逃げ帰ったのなら、その目的は果たされたと言っていいでしょう」
「そうか……それは最善でないのか?」
「出来れば敵をクバナカン島に閉じ込めておければ、今後の戦闘も優位に進められました。敵に一目散に逃げられたのは誤算です」
「なるほど。それを先に言ってくれたら艦隊を差し向けられたのだがな」
「あくまでここは敵の勢力圏です。戦艦を二手に分けるのは危険かと思い、敢えて提案はしませんでした」
「そ、そうか。ともかく、作戦は完了ということでいいんだな?」
「はい。海軍には引き続き、海上補給線の確保をお願いします」
サン・クリストバルへの攻撃は、特に何の滞りもなく終了した。と同時に、ヴェステンラント軍の主力がクバナカン島から離脱したことで、島は事実上ゲルマニア軍の手に渡った。次の段階に作戦を進めることが出来る。
○
ACU2315 1/8 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「我が総統、ご報告致します。我が西部方面軍はクバナカン島の支配権を確保し、次なる目標に向けて進軍する用意を整えました」
ザイス=インクヴァルト大将は総統官邸の地下会議室で、ヒンケル総統を含む閣僚、諸将に報告した。もちろん、その手柄はオステルマン中将とシグルズにあるのだと添えて。
「次なる目標、か。王都、ルテティア・ノヴァだな」
「はい。我々は敵の王都に王手を掛けました。既に進軍の用意は整っております。我が軍はいつでも、ルテティア・ノヴァに対し上陸作戦を敢行する用意があります」
「だったら好きにやればいいではないか」
「敵の首都を叩くとなれば、我々は最早引き下がることが出来なくなります。政治的な判断が必要と考え、このような場を設けさせて頂きました」
「なるほどな。だが、私の考えは変わらん。全て君に任せる」
ヒンケル総統はこの戦争について、ザイス=インクヴァルト大将に丸投げであった。利害よりも感情によって起こされた戦争にあまりいい印象を持っていないからだ。
「はっ。我が軍を信任して頂き、ありがたき幸せ。内閣の方々に、何かご意見のほどはありますかな?」
「お、お言葉ですが、首都への直撃は戦争の短期終結の為の作戦だったのでは?」
クロージク内務大臣は問う。
「ええ、無論です。首都を落とされれば、ヴェステンラントは降伏せざるを得ないかと」
「で、では、どうして引き返せないなどと……」
「敵が降伏しなかった時は、引き返せなくなるということです。とは言え、そのような弱体化したヴェステンラントならば、大した敵ではありませんが」
「は、はあ……。と、とにかく、財政上の負担を一刻も早く減らさねば国家が立ち行かなくなることを、お忘れなく」
「無論、承知しております」
ザイス=インクヴァルト大将は勝つ気しかなかった。