サン・クリストバル急襲
ACU2315 1/2 ヴェステンラント合衆国 クバナカン島近海
「閣下、このようにこき使ってしまって申し訳ありません」
戦艦アトミラール・ヒッパーの艦橋で、シグルズはシュトライヒャー提督に全く心のこもっていない謝罪をした。
「いいんだ。陸軍に比べ、海軍は大して働いていないからな。いつでも呼び出してくれて構わん」
「はっ。ありがとうございます」
「サン・クリストバルまでは4時間程度で着くだろう。君は休んでいるといい」
「はっ。ではお言葉に甘えまして、失礼します」
ヴェステンラント海軍は今や壊滅。クバナカン島の周辺でも、枢軸国艦隊を脅かし得る戦力は最早存在しなかった。艦隊はクバナカン島東端を出で、西部のサン・クリストバルに向かった。
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「あれがサン・クリストバルか。なかなか立派で美しい都市だな」
「ええ、そうですね。貿易で潤う都市のようです。まあこれから僕達が破壊するのですが」
「……そうだな。勝利に必要ならば、致し方あるまい」
「では、暫くは僕にお任せください」
既にサン・クリストバルの全域が主砲の射程内に入っているが、まだ撃たない。シグルズには考えがある。シグルズは通信機を用意させた。
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ACU2315 1/2 クバナカン島 サン・クリストバル ヴェステンラント軍司令部
司令部の奥でまるで緊張感もなく本を読んでいる赤公オーギュスタン。彼の許に伝令がやってきた。
「殿下、敵軍が殿下との通信を求めております。いかがなさいましょうか?」
「ゲルマニアが私と? いいだろう。通信機を寄越せ」
「――はっ!」
こういうことにオーギュスタンが自ら動くのは珍しい。兵士は少し驚き、だがすぐに通信機を持って来た。
『えー、聞こえますか、こちらは神聖ゲルマニア帝国陸軍シグルズ・フォン・ハーケンブルク少将です』
「ヴェステンラント合衆国が赤公、オーギュスタン・ファン・ルージュだ」
『――これはこれは、殿下とお話し出来るとは思ってもいませんでした』
「たまには酔狂も悪くない。それで、わざわざこんな真似をして何がしたい?」
『……恐れながら、我が艦隊は今すぐにでも殿下を狙い撃ち、殿下がいらっしゃる建物ごと木端微塵に吹き飛ばすことが出来ます』
「それがどうしたと?」
オーギュスタンにもしっかりと見えている。サン・クリストバルに向けられた12門の主砲と数十門の副砲が。木造か、よくても煉瓦造りのこの都市は、あの大砲の前には砂の城のように消し飛ばされるだろう。
だが、彼はそんなことは全く気にしていなかった。
『少し殿下を脅してみようかと思いまして。しかし、殿下はこんな陳腐な脅しで動く方ではないようです。安心しました』
「ご期待に沿えて何よりだ」
『まあ、茶番は置いておいて、本題はこれからです。殿下、我が軍はこれより24時間後にサン・クリストバルを、戦艦の大砲でことごとく焼き払います。この都市に存在する建造物はことごとく、瓦礫と化すでしょう』
「ほう。大量虐殺の事前通知という訳か」
『……殿下、僕は警告しました。この街の民が生きるか死ぬかは、殿下次第です』
「要件は以上かね?」
『はい。では、いずれ戦場で相まみえましょう』
「楽しみにしている」
全く動揺することなく、オーギュスタンはシグルズからの通信を切った。とは言え、いくら彼でも悠長にしてはいられない。すぐにクロエやその他重臣らを集める。
「諸君、どうやらゲルマニア軍はこの都市を破壊するつもりのようだ」
「なっ……それは、本当なのですか……?」
クロエは恐る恐る尋ねた。が、聞き間違えなどではない。
「ああ、奴らは必ずやるだろう。そして彼らは1日の猶予を与えると宣言した。つまり、ここの住民を避難させろということだ。残念だが、我々の行動に選択の余地はない」
「人々を避難させるのですね?」
「無論だ。諸君、速やかに住民の避難を開始しろ。24時間以内にサン・クリストバルから人間を消せ」
「「はっ!!」」
オーギュスタンの智謀をもってしても、動き出した戦艦を止める術はない。一先ずは軍隊を総動員し、住民の避難を始めさせた。と同時に、オーギュスタンはクロエだけを呼び出した。
「――二人っきりになって話したいことでもあるのですか?」
「ああ。ゲルマニア軍の狙いは全て読める。サン・クリストバルを破壊し、我が軍の継戦能力を削ぐことだろう」
「はい」
「そして、ゲルマニア軍の目的は成功する。サン・クリストバルを失えば、我々は戦っているどころではないのだ」
「そうですね。あなたが負けを認めるなんて珍しいですが」
「そうだとも。我が軍は今や負けた。最早クバナカン島で戦闘を継続することは出来ない」
「はあ……」
オーギュスタンの言いたいことがいまいち分からないクロエ。
「まあ、つまるところ、私はクバナカン島を捨てようと思う。元よりこんな島は時間稼ぎに過ぎない。可能な限りの軍勢を撤退させ、王都防衛に当たらせる」
「そうですか。どうして私だけにそれを」
「今このことを話したら将兵の士気が下がるだろう。ともかく、そういうことだ」
オーギュスタンはシグルズの作戦が発動する前からその効果を全て予測し、その後の行動も全て決定したのであった。