索敵殺害作戦
ゲルマニア軍の索敵殺害作戦が開始されてから3日。30万の大兵力を活かした地均し作戦により、多数の敵拠点を発見、殲滅してきた。時間はかかるが、これが最も確実な戦法であることは、誰もが認めることであった。
だが、半ば流れ作業のようになりつつあった作戦に、ある事件が起こった。
「シグルズ様、こんな報告が届いています。少将閣下に対処を伺いたい、と言っています」
ヴェロニカはどこかの部隊からの報告を紙に書き留めてシグルズに渡した。少将というそれなりの身分の癖に密林の中を歩き回っているシグルズは、実はこの辺りでは最も階級の高い軍人なのである。
「ふむ……。第12中隊が、無関係の民間人を巻き込み……集落ごと虐殺した、だと……?」
「し、シグルズ様……?」
ヴェロニカも見たことのない鬼の形相で、わなわなと手を震わせながら、シグルズはうわ言のように呟いた。そこにあったのは紛れもなく、彼が最も嫌っていた民間人への無意味な虐殺の報告であった。
「あ、あの……」
「ヴェロニカ、すぐにこれをやらかした部隊を呼びつけてくれ。僕達の作戦行動は一時停止だ。この馬鹿共の裁判を行う」
「さ、裁判、ですか……?」
「ああ、正確には軍法会議って奴だよ。急いでくれ」
「は、はい……」
シグルズは誰の反論も許さず、こんな森の奥深くで軍法会議を行うことを決定した。そして直ちに虐殺を行った部隊の士官が呼び出された。
「君が、第12中隊のカリー中尉か?」
シグルズは制圧した集落の家を借り受け、簡素な法廷を作って裁判長の席からその男に質問した。
「は、はい。第45師団隷下、第12中隊を預かりますカリー中尉であります」
「君は、敵からの攻撃を受けていないにも関わらず、何の罪も無い村人を攻撃し、そのほとんどを殺したそうだな。この事実を認めるか?」
「集落をほぼ全滅させたことは事実であります。しかしながら、敵からの攻撃がなかったというのは間違った報告です。集落の人々は我々を見るやいなや一斉に攻撃してきました。私を部下達の身を守る為に、彼らへの攻撃を命令しました」
「……そうかそうか。では君の部下達に話を聞こう」
シグルズは密かに、カリー中尉の部下を数人呼び寄せていた。それも最も階級が下の二等兵達である。
「わ、私の部下を呼び寄せているとは、聞いていませんでしたが……」
「誰を招集しようと僕の勝手だろう。さて、君達、証言してくれたまえ」
「は、はい。私達が発見した集落は、至って平和な、何の変哲もないものでした。しかし中尉殿が、その村人を一人残らず殺すように、いきなり命令されたのです。私達は、逆らうことも出来ず……何百人もの無実の人を、撃ち殺しました…………」
「な、何を言っているんだ! デタラメを言う――」
「被告人は、速やかに黙れ」
シグルズはゴミを見るような冷ややかな目と凍てつくような声で、カリー中尉に命令した。その後彼の部下達が次々と証言を行ったが、それらの内容に矛盾はなく、中尉が虐殺を命令したことを示していた。
「――ということだ。中尉、何か言いたいことはあるかな?」
「う、嘘であります、全て! 彼らが口裏を合わせているだけです!」
「彼らは僕が、互いに引き合わせずに連れてきた兵士達だ。それに、周囲にいた部隊が既に現場を調査し、武器を持った敵兵はいなかったと調べがついている」
「そ、そんな筈は――」
「言い逃れはやめたまえ、中尉。罪が重くなるだけだぞ」
「うっ…………はい。認めます」
「そうか。まあ君の自白などどうでもいいことだがな」
判決に自白の有無は関係ない。あくまで客観的な証拠が全てである。
「それでは、判決を言い渡す。ヴィルヘルム・カリー中尉、死刑。これは直ちに執行されるものである」
「ま、待ってください! 自白すれば罪が軽くなると――」
「そんなことを言った覚えはないな。君が自白しようがしまいが、死刑に変わりはなかった。連れて行け!!」
暴れるカリー中尉を数人の兵士が押さえ込み、集落の中央の広場に連れていった。そこには既に人間を拘束する為の台と、弾を込めた兵士達が用意されていた。シグルズは最初から死刑以外を考えていなかった。
頭に黒い布を被せられた中尉は拘束され、数人の兵士が彼の頭を狙う。そしてシグルズは命令を下す。
「撃ち方用意!」
兵士達は引き金に指をかける。と、その時であった。
「少将閣下、お待ちください!!」
「……何だ?」
「オステルマン中将閣下より通信が入っております! ここに!」
伝令が通信機を手渡す。上官からの、しかも急ぎの通信を適当に足らう訳にもいかなかった。
「はい、ハーケンブルク少将です」
『お前、勝手に兵士を処刑しようとしてるらしいじゃないか。本当か?』
「はい、本当です。しかし、勝手にと言われましても、これは僕の正当な権限に基づく行為です。意図的に命令に違反し軍規に背いた兵士は、処刑されなければなりません」
『……相当怒っているようだな。だが待て。私の権限で命令する。処刑は中止だ』
オステルマン中将が処刑を止めにかかったのである。