火炎放射戦車再びⅡ
ACU2314 11/28 クバナカン島
オステルマン中将は火炎放射戦車を用いて道を切り開いた。今やゲルマニア軍の拠点と拠点を繋ぐ道は大規模な街道のような太さになり、ヴェステンラント軍が襲撃を行うことは不可能である。
「――とは言え、半月かかって進めたのはこれだけか。こんなちっぽけな島を制圧するのに、一体何ヶ月かかるのやら」
オステルマン中将は溜息を吐いた。まだ本隊が到着していないとは言え、この体たらくでは先が思いやられる。
「いずれは兵士の数が3倍になるのです。進軍もかなり容易になると思われますが……」
紳士の中の紳士と有名な、第18機甲旅団のヴェッセル幕僚長は言う。しかし中将はそうは思えなかった。
「お前は感じていないのか、ハインリヒ? この戦争はこれまでの戦争とは違う。私達が攻め込んでいるのだからな」
「はい。確かにその通りです」
「だから、最大の敵は補給だ。補給線を切られればどうな大軍も動けない。そして兵士の数が増えるほど、補給部隊も増やさなければならない」
「補給部隊が襲撃に遭えば、50万の大軍が意味をなさない、ということですか」
「ああ。護衛部隊は足りない。ここにいるのが最精鋭の部隊だからだ」
「確かに。敵がそれを理解しているのならば、援軍があっても全く役に立たなくなる可能性がありますね」
機甲旅団を始めとした装甲化率の高い部隊、つまりヴェステンラント軍のゲリラ戦に対処出来る部隊は、ここに上陸しているのでほとんどだ。これから送られてくる部隊はどれも歩兵を中心にした一世代遅れの部隊である。
補給線を防衛し切ることは不可能かもしれない。
「やはり、シグルズが嫌っていた策を用いて敵を殲滅するしかないか……」
「ハーケンブルク少将閣下はお怒りになるでしょうね」
「間違いない。だが……根本的な対処をしなければ、私達に勝ち目はない」
オステルマン中将は非人道的な手段に訴えることを諦めてはいなかった。そしてその日、更に悪いことが起こる。
〇
「火炎放射、放て!」
シグルズは火炎放射戦車の慣熟も兼ねて、クバナカン島を西へ進軍していた。火炎放射戦車で森を焼き払い、大火事になる前に魔法で消火するの繰り返しである。
この繰り返しも大分洗練されてきて、火炎放射戦車はほとんど足を止めずに進み続け、流れ作業で滅却と消火を繰り返すことが出来るようになっていた。
「全軍に通達。ここらで一度休憩だ」
シグルズは上空から命令を下し、指揮装甲車に戻った。今回も1キロパッスス以上の道を一度の作業で焼き払えた。上々の成果だろう。
「シグルズ様、お疲れ様です」
「ありがとう。この調子なら、半年以内にクバナカン島を完全に制圧するのも余裕そうだ」
「それはよかったです」
「しかし師団長殿、敵の主力はまだ姿を見せていない。不気味だとは思わないか?」
「まあな。だが、そちらの対処の方が寧ろ簡単だろう」
島内には少なくとも二千程度の魔導兵がいることが分かっているし、実際は万単位でいるだろう。それが姿すら見せようとせず、魔法の使えない人間をけしかけてくるのは、確かに不気味なところがある。
とは言え、そのような主力部隊が決戦を挑んで来てくれた方が寧ろ楽だとシグルズは思っている。
と、その時であった。突如として爆発音が鳴り響く。
「どうした!?」
「敵の襲撃のようです!!」
誰が命令するまでもなく鳴り響く銃声。ヴェステンラント兵の襲撃だ。
シグルズはすぐに指揮装甲車から飛び出した。兵士達は焼け焦げた地面を相手に銃を乱射している。
「敵がそこにいるのか……。まあいい。それなら吹き飛ばすまでだ」
シグルズは地球水準の戦車砲を作りだし、兵士達が狙っている辺りに雑に砲弾を飛ばした。土は抉れて大きな土煙が上がり、兵士達の銃声も止んだ。
襲撃は撃退することが出来たが、シグルズには色々と確かめなければならないことがある。今しがた吹き飛ばした場所にシグルズは向かった。
「深く蛸壺を掘った跡に……これは火縄銃か。ヴェステンラント軍も賢い」
敵は焼き払った筈の場所から現れた。これは敵が予め深い穴を掘ってその中に隠れていたからである。敵がこの戦術を採用した時点で、火炎放射戦車の絶対性は失われた。
そして敵兵が持っていた武器は、前時代的もいいところの火縄銃であった。ゲルマニアの小銃とは比べものにならないほど低性能ではあるが、人間を殺すには十分過ぎるし、隠れ潜んで奇襲を仕掛けるのなら射程は問題にならない。
蛸壺の中に潜んで飛び道具で奇襲を仕掛けるというのは、考えうる限り最も合理的な戦闘方法であろう。敵の死体を検分した結果を、シグルズは幕僚の面々に伝えた。
「それは一大事ではないか。火炎放射戦車で安全が確保出来ないのならば、別の策を講じなくてはならなくなる」
オーレンドルフ幕僚長の言う通りだ。そして別の策とは、シグルズが使いたくない策ばかりである。
「枯葉剤、敵根拠地の殲滅……。いずれかが必要、か」
「ああ。残念だが、中将閣下にそれをご報告するしかあるまい」
「…………ああ、そうだな。それが僕の義務だ」
シグルズは部隊を撤収させ、オステルマン中将の許に飛んだ。