威力偵察
例の自殺攻撃の後、ヴェステンラント軍が新たな攻撃を仕掛けてくることはなかった。ゲルマニア軍は沿岸に陣地を設営し守りを固めると同時に港も整備し、次の部隊が本国から来援するのに備えていた。
「しっかし、暇だな……。シグルズ、何か面白いことはないか?」
オステルマン中将は足で砂に穴を掘りながら、シグルズに問いかける。よっぽど暇そうである。まあ確かに、エウロパとヴェステンラントを往復するのには短くとも1ヶ月近くかかる。暇なのは事実だ。
「そんなことを聞く為に呼び出したんですか……」
「まあな。私達はあと2ヶ月、ここで待たないといけないらしいぞ。意味が分からん」
「まあ、確かに。ここで燻っているのもすぐに飽きそうですね。とは言え、僕には中将閣下が楽しめそうなことをご提案することは出来ません」
「そうかそうか。なら、私から一つ提案しよう」
「と言うと?」
「私達だけで攻めこもうじゃないか。威力偵察って奴だ」
「合計で15万の今の兵力では不安がありますが……」
「何、危なくなったらここに逃げ帰ってくればいい。敵の構えを事前に知っておければ、本国から使えるものを持ってきてもらえるかもしれないしな」
ヴェステンラント軍は枢軸国軍がまだまだ援軍を送り込もうとしていることを知らない。攻勢に出れば本気で迎え撃とうとする筈だ。そうすれば敵の防衛体制をある程度は知ることができるだろう。
「確かに、合理的な作戦かもしれません」
「だろう? じゃあ早速、ザイス=インクヴァルト司令官に許可をもらってくる」
「はぁ……。頑張ってください」
オステルマン中将は暇になるのがよほど嫌だったらしい。すぐにザイス=インクヴァルト大将に直談判し、そして行動の許可を取り付けてきた。
「――大将閣下は好きにやれと言ってきた。好きにやろうじゃないか、シグルズ」
「ええ……それでいいんですかね……」
大将の自由放任っぷりに呆れるシグルズであった。
「正式な手続きは全て踏んだ。何も問題はない」
「ま、まあ、そうですね。問題はありません」
制度上の問題はないが、そういう問題ではないのだと言いたかった。しかしどうせ何を言っても無駄だろうと、シグルズは諦めた。
「そういう訳で、シグルズ、お前が一番槍だ。頑張れよ」
「ええ、頑張りますよ」
第18機甲旅団はオステルマン中将の親衛隊のようなもので、前線で先槍になれるのは今や第88機甲旅団しかないのである。かくして、オステルマン中将は10万の軍勢を率い威力偵察を開始した。
〇
「しかし、11月だってのに暑いな……」
「ですね……。特に車の中だと暑いです……」
ヴェロニカは手元の資料で顔を扇ぎながら言う。赤道に近いこのクバナカン島は、多少の気温差はあるものの、基本的に年がら年中暑い。
熱帯の木々が生い茂る森の中、獣道のような細い道を切り開きながら、第88機甲旅団は前進する。
「ヴェロニカ、魔導反応はある?」
「いいえ、まだありません。ここまで敵が現れないと、不気味ですね……」
「まったくだ。嫌でも敵の奇襲を警戒してしまう。敵の戦略は天才的だな」
魔導反応がないことに恐れをなしてしまう。こんな身動きの取りにくい場所で海岸のような攻撃を食らえば、大きな損害を強要されてしまうだろう。その恐れがゲルマニア軍の行軍を遅くしていた。
何もしなくても勝手に敵が怯えてくれる状況を作り出した敵――赤公オーギュスタンの手腕は流石という他ないだろう。
「まあ、我々には戦車と装甲車がある。ただの人間にこれを破壊するのは不可能だ」
「確かに、僕達は、安泰だろうな」
先の戦闘では混乱の中で活躍出来なかったが、装甲車両の戦闘能力は人間と比べれば圧倒的である。まず損害を被ることはない。
「ああ、問題は装甲化率の低い部隊だ。敵が自爆攻撃を仕掛けてくれば、出血を強要される可能性がある」
「ああ。とは言え、僕達にはどうすることも出来ないが」
そうして敵の姿も見えないまま、第88機甲旅団は20キロパッススほどを踏破した。森もかなり深くなり、視界は益々悪化している。そしてシグルズの嫌な予感は的中することとなる。
「シグルズ様! 後方の第10師団が襲撃を受けました!」
「やっぱり来たか……。で、結果は?」
「敵はすぐに撃退しましたが、敵は大量の爆弾を使用し、100人以上の死者が出てしまったとのことです」
「柔らかい部隊を狙っての自爆攻撃、か……。一番面倒なものに当たったな……」
「あっ、シグルズ様、続報です! 第13師団も攻撃を受けている模様です!」
「やってくれるじゃないか……」
縦に伸びたゲルマニア軍は次々と襲撃を受ける。それは決してゲルマニア軍を瓦解に追い込むようなものではないが、確実に人間と物資を削られる。
「オステルマン中将閣下から通達です! 全軍、進行を停止せよとのこと!」
「流石の中将閣下でも、無理やり押し通ろうとは思わないみたいだね」
ゲルマニア軍の士気は大いに下がっていることだろう。見渡す限りの森林の、どこに敵が潜んでいるのかも分からないのだから。