クバナカン島上陸Ⅲ
シグルズとクロエは何度目かも分からない決闘を挑む――と思われたが、クロエはやれやれと首を振りながら剣を投げ捨てた。
「……どういうつもりかな?」
「あなたと戦うのは面倒なんです、シグルズ」
「ほう? じゃああそこにいる部隊を今すぐ消し飛ばしてもいいのかな?」
シグルズは再び大砲を作り出し、空中に浮かべた。
「それは止めて欲しいですが、私達はもう撤退します。それでも攻撃すると言うのなら戦いますが、どうしますか?」
「…………そうか。だったらすぐに消えてくれ」
「ええ、言われなくても」
シグルズはクロエの申し出を受け入れることにした。彼が目的としていた部隊が消えてくれのなら、無駄な戦闘をする理由はない。クロエはたちまち遠くへ消え去った。
「もう督戦隊は必要ない、ってことか。ヴェステンラントに一本取られたなあ……」
既に兵士達はゲルマニア軍に突入し、後方から脅す必要もなくなった。クロエの態度の変化は、つまるところそういうことだろう。シグルズはヴェステンラント軍の企みを挫くのには間に合わなかった訳である。
「まあいい。とっとと戻ろう」
海岸では友軍が交戦を続けている筈だ。シグルズは素早く上陸地点に帰還した。
○
「銃声がしない……。もう終わったのか」
戻ってみると、戦闘は完全に終息していた。海岸には無数のヴェステンラント人の死体が転がり、砂と土を赤黒く染め上げている。これだけ見ればゲルマニア軍が一方的な虐殺を行ったかのようだ。気分が悪くなる。
シグルズは第88機甲旅団と合流した。
「シグルズ様! 大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だよ。と言うより、全く戦いもしなかったんだけど。それより、幕僚長、戦闘はもう終息したようだが」
「ああ。敵は剣か槍しか持っていないただの人間だった。少し冷静になれば、我が軍が対処出来ない筈がないのだ」
「損害はどんなものだ?」
「第88機甲旅団の損害は皆無だ。他の部隊も、多分全部合わせても100に届くかどうかと言ったところだと思う」
「それで何万人を殺したのか……。とにかく、圧勝ではあったようだな」
「ああ、その通りだ」
一時はヴェステンラント人の狂気に呑まれて全軍が混乱状態に陥ったものの、蓋を開けてみれば結果はゲルマニア軍の圧勝であった。それも当然だろう。両軍の武器は余りにも違う。余りにも一方的な勝利であった。
「師団長殿はどうだった?」
「ああ、僕は―」
シグルズは先程までの一部始終を軽く説明した。
「――なるほど。ヴェステンラント軍の目的は口減らしと言うことか。実に合理的だな」
「ああ、本当に、嫌になるよ」
「それに我が軍の士気を削ぐ効果もあったようだな」
「まあなあ……」
ゲルマニア軍は実のところ、大量虐殺をしたことがない。敵はいつだって少数の魔導兵であるし、その敵も全身に鎧を纏い、大半の兵士は悲惨な死体を見ずに済んだ。数万人規模の死体が折り重なっているこの光景を目の当たりにするのは、古参の兵士であってもきついだろう。
「兵士の精神も考える必要がある、か。幕僚長、君は平気なのか?」
「ああ。この程度、どうということはない」
「それはよかった。ヴェロニカは?」
「え? 私ですか?」
ヴェロニカはキョトンとした顔で聞き返して来た。自分が心配されることすら想像していなかったという感じだ。
「ヴェロニカは平気そうだね」
「はい。死体くらい見慣れてますから」
「君の将来が心配になってきたよ。まあ、この件はザイス=インクヴァルト大将とオステルマン中将に報告しておこう」
「師団長殿の随意に」
西部方面軍総司令官のザイス=インクヴァルト大将は何をしているかというと、まだ本国に留まって各部隊の調整を行っている。まあ、ここにいるのはヴェステンラント大陸進攻部隊の3分の1に過ぎない。大将が向こうにいるのは仕方がないだろう。
そしてジークリンデ・フォン・オステルマン中将はと言うと、シグルズ含む上陸部隊の最高司令官である。伝えるべきはどちらかというと彼女だ。
○
「――ああ、それは私も気付いている。お前が気付くんだから私が気付かない筈がないだろ?」
「あ、それはよかったです」
一応シグルズを取り立ててくれた最大の恩人の筈なのだが、シグルズはオステルマン中将への扱いが日に日に雑になっていた。
「まあ、それは大した問題じゃない。それよりも問題は、ヴェステンラントの奴らがただの人間を利用してくる可能性があるってことだ」
「確かに、ここは敵地です。これからも自殺的な攻撃を仕掛けて来る可能性はありますね」
輸送能力が限られる中で、エウロパまで魔法が使えないような人間をわざわざ運んだりはしないだろう。だがここはヴェステンラント合州国。その国民はそこら中にいる。
「ああ。奴らが平然と人間を使い捨てるのなら、私達にとってそれなりの脅威だ」
「ゲリラ戦ですね。それは確かに」
かつて、装備で圧倒的に劣るベトナム軍は、侵略者たるアメリカ軍を信じがたいほど粘り強いゲリラ戦で撃退した。その轍を踏むことがないようにはしたい。