クバナカン島上陸Ⅱ
敵は本当にただの人間であった。対人徹甲弾など用いずとも、普通の鉛玉の一発で簡単に貫かれ、あっけなく死んだ。飛び道具すらなく、ゲルマニア兵の前にはただの動く的である。しかし数が多い。次から次へと暗闇の中から、無数の兵士(とも呼び難い者共)が飛び出してくる。
突然の襲撃に戦車や装甲車は対応出来ず、ゲルマニア側の武器は歩兵の小銃、機関短銃、突撃銃だけである。
「お、押されています! 奴ら頭がおかしいみたいです!」
「人海戦術とでも言いたいのか……。仕方ない」
このままでは数で押し切られる危険を感じたシグルズは、魔法で四連装対空機関砲を作り出し、無数の人間に向け引き金を引いた。機関砲弾の威力は小銃弾とは比べ物にならず、弾が掠めただけでも手足は軽く吹き飛び、胴体に直撃すれば体が爆散した。
突如始まった殺戮の嵐に、流石のヴェステンラント人も恐れおののいたのか逃げ出した。しかしこうも上手く事が運んだ部隊はほとんどなかったようだ。
「シグルズ様、他の部隊は敵の侵入を許し、白兵戦に持ち込まれているようです!」
「そうなったら、こっちの武器は銃剣しかない。何てクソみたいな作戦だ……」
大半の部隊は敵味方が入り乱れる乱戦に持ち込まれてしまった。こうなったら銃など鈍器としてしか役に立たず、ゲルマニア軍の優位は失われる。
「師団長殿、我々は今のところ自由に動ける。周辺の部隊の救援に向かうのが先だと思うが」
オーレンドルフ幕僚長は言った。確かにそれは第88機甲旅団の義務であろう。
「それはそうだが……こんなことを自発的にやるとは思えない。後方にこれを統制している奴がいる筈だ。督戦隊のような奴らがな」
下がったら殺すとでも脅されていない限り、こんな死を覚悟した行動を取る人間はいない。必ずこの哀れな連中を差し向けた外道な連中が存在する。
「確かに、その可能性は高いな。だが、それが分かったところでどうする?」
「そいつらさえ潰せば、この作戦は瓦解するかもしれない。僕が行く」
「では、私が旅団を預かろう」
「ああ、頼む。他の部隊の救援は任せた」
「し、シグルズ様が一人で行くのですか?」
ヴェロニカは酷く心配そうに尋ねたが、シグルズは笑って返す。
「大丈夫だ。僕は死なない。敵をぶち殺してすぐに戻ってくるさ」
「お、お気を付けて……」
かくしてシグルズは一人、自分の部隊を置いて、魔導探知機を片手に飛び立った。シグルズの狙う敵が本当に存在するのなら、確実に魔法を使っている筈だ。
〇
暫く進むと、魔導探知機に反応があった。それを頼りに飛ぶと、千人程度の魔導兵の部隊が森の中に身を潜めていた。
「やっぱりか。こんなことをする連中に、情けは要らないな」
シグルズは自身より数倍巨大な大砲を作り出し、魔導兵に狙いを定めた。
「じゃあ、おさらばだ」
そして引き金を引こうとした瞬間だった。
「っ――!?」
シグルズの胸を後ろから、煌めく刃が貫いた。
「うっ……ぐっ……」
こういうのは二度目だ。シグルズは何とか平静を保って剣を抜き、傷を塞いだ。痛みをない筈なのだが、記憶が痛みを再現する。
「こ、こんなことをしてくるのは……」
「ふふ、少しは成長したようですね、シグルズ。胸を貫かれても立っていられるとは」
「クロエ、君か……」
てっきりマキナの方でと思ったが違ったらしい。白の魔女クロエがそこに滞空していた。
「まさかとは思うが、君がこんな無茶苦茶な作戦を立案したのか?」
「いいえ、言い出したのはオーギュスタンですよ。ですが実行しているのは私です」
「……そうか。クロエ、君はこんな作戦を何とも思わないのか?」
「勝つ為には、仕方のないことです。私の気持ちなど関係ありません」
「こんな自殺まがいの攻撃が必要だと? 本気か?」
そう言うと、クロエは少し笑った。
「そうです。彼らには是非とも自殺してもらいたかったのですが、流石にそうはいかないので、あなた方に処分してもらうことにしたんですよ」
「口減らしとでも?」
「ご名答です。我が軍は制海権を奪われ、クバナカン島は孤立しています。これが戦闘を継続するには、非戦闘員には死んでもらうしかありませんでした」
「国民など所詮は資本に過ぎない、とでも言うのか……」
元の世界でもこの世界でも、新大陸人は人命というものを本当に何とも思っていないらしい。彼らにとっては国民よりも国益が優先なのだ。
「君達はそこまでして勝ちたいのか……?」
「当たり前でしょう。私達は国を守らなければなりません。やめて欲しいなら、あなた方が国に帰ればいいだけの話です」
「……それは出来ない。ヴェステンラント軍に一体何百万人が殺されたと思っているんだ」
「そうでしょうね。あなた方の気持ちはよく分かりますよ。戦争とは、ままならないものですね」
もうこの戦争に、真っ当な目的は存在しない。ただゲルマニアもヴェステンラントも、戦争をする以外の選択肢がないのだ。
「どうやら、妥協の余地はなさそうだね。殺し合いで解決するしかなさそうだ」
「ええ。それが戦争というものです」
シグルズは改めて機関砲を召喚し、クロエは両手に剣を構えた。