クバナカン島上陸
ACU2314 11/ 15 クバナカン島東部
ベルムーデス沖海戦はゲルマニア軍の勝利に終わった。一部の魔法による高速船は戦場から離脱したものの、それ以外の船はことごとくゲルマニア海軍に降伏し、ヴェステンラント海軍の組織的な戦闘能力はほぼ壊滅した。
しかしながら魔女や魔導兵などの陸戦部隊は高速船に乗って逃げおおせ、ヴェステンラント陸軍の戦力を削ぐことには失敗した。そして同時に、ヒルデグント大佐などの捕虜は、ヴェステンラント本国へと連行されてしまった。
それから数日。枢軸国艦隊は中央ヴェステンラント海に浮かぶ島々の中で最大の島、クバナカン島に到達した。残った2隻の戦艦はかなりボロボロであるが、主砲に目立った損傷はなく、上陸を支援するには何の問題もないであろう。
「見えてきたな。あれがクバナカン島か」
「そうですね。流石に島とは見えませんが」
シュトライヒャー提督とシグルズはアトミラール・ヒッパーの艦橋から、クバナカン島を見据えている。
「人間の感覚からすれば、ある程度の大きさの島と大陸は区別がつかんだろうな」
「そういうものですかね。僕はあまり船旅の経験はないものでして」
「そういうものだ。だからこそ我々は海図を使うのだ」
「なるほど」
そんな雑談をしているうちに、クバナカン島が戦艦の主砲の射程内に入ったようだ。
「上陸予定の海岸が、主砲の射程に入りました!」
「うむ。魔導反応は確認出来るか?」
「それが、全くありません。魔導兵の一人もいないようです」
「本当か? そんなことが……」
「うちのヴェロニカにも確認させます」
シグルズは特別強い魔力を持つヴェロニカにも確認させたが、やはり海岸には魔導兵ひとりいないようだ。
「ヴェステンラント軍は水際防衛を諦めたのだろうか」
「それも考えられますが、魔法を完全に封鎖しているのかもしれません」
「そうだな。そういうことは何度もあった。だったら、こちらから撃ってみよう」
「それがいいですね」
今なら魔法を全く使わないというのも出来るだろう。だが砲弾が飛んでくれば、自らの身を守る為に魔法を使わざるを得ない筈だ。使うなと命令されていても、死の危機を前にして魔法を使わずにいられる訳がないのだ。
「主砲、撃ち方始め!」
取り敢えずは主砲だけ。12門の主砲が火を噴き、砂浜からその後方の森まで、数十の砲弾を叩き込む。
「これでどうだ?」
「いえ……魔導反応、全く検知されません!」
「そ、そうか……ヴェステンラント軍は本当に海岸を守る気がないのか?」
「そのようですね。であれば、とっとと上陸してしまうことにしましょう」
「うむ。念の為に、上陸には最大の注意を払うがな。強襲揚陸艦を前に出せ!」
強襲揚陸艦は小型の上陸艇を展開し、戦車を先頭にして上陸部隊が次々と上陸した。
「第一梯団、上陸を完了しました」
「本当に何の妨害もないのか……。不気味過ぎる」
「しかし、ここで引き返す訳にも行きません。上陸を続行しましょう」
「そうだな。港をつけろ!」
遥々ゲルマニア本国から運んで来た可動式の船着場。砂浜に半分が乗り上げ、海に出たもう半分が簡易的な港になる。そして枢軸国艦隊の輸送船が兵器や兵士を陸揚げし始めた。
「全く順調だな……」
「確かに順調過ぎる気もしますが……。取り敢えず、僕は上陸部隊に参加しますので、失礼致します」
「ああ、頑張ってくれ」
シグルズは自身の第88機甲旅団の指揮に向かい、何の障害もなく機甲旅団の装甲車両を上陸させることが出来たのであった。シグルズは砂を踏んだ。初めてヴェステンラントの土地に足を着けたのである。
「これで敵国に上陸か。何と言うか、実感が湧かないな」
「わ、私は緊張しっぱなしなのですが……」
シグルズとは対照的に、ヴェロニカは異国の地に警戒していた。
「そう、か……。ゲルマニアと大して変わらなくないかな?」
「そんなことはないですよ。まるで雰囲気が違います……」
「ヴェロニカはそういうのに敏感だね。兵士としては、そういうのを感じ取れた方がいいとは思うけど」
「あ、ありがとうございます……?」
「別に何でもないよ」
しかし後にして思えば、ヴェロニカの直感は非常に的確だったと言わざるを得ない。それはゲルマニア軍第一部隊15万が上陸を終えようとした頃であった。
「……シグルズ様! 何かが来ます!」
「魔導反応か?」
「い、いえ、違います! 森の奥から、沢山の人が来ます!!」
「それは……」
魔導反応はない。だがヴェロニカは暗い森の奥を指して警告する。
「わ、分かった。全軍、戦闘用意!!」
半信半疑ながらも、シグルズは自身の部隊に戦闘配置を指示した。が、すぐにシグルズも、それに気付く。森がざわめいている。木々は揺れ、鳥達が何かに追われたように飛び立った。
「本当に、来るのか……」
「敵兵です!!」
森の中から、視界を端から端まで埋め尽くすほどの人間が姿を現し、鬨の声を上げて一直線に突っ込んできた。しかし彼らは、鎧も兜も着けず、剣や竹槍を一本持っているだけであった。
「魔導反応はない……。まさか生身の人間に特攻させてるのか……?」
「師団長殿! どうする!?」
ヴェステンラント軍の凶行に動揺したシグルズの意識を、オーレンドルフ幕僚長が呼び戻した。
「……撃て!! 誰一人として近づけるな!!」
多少なりとも戦闘態勢を整えていた機甲旅団は、この生身の人間達を撃ち始めた。