艦長の決断
アトミラール・ヒッパーがブリュッヒャーの後ろに隠れて砲撃するというセコい作戦を取り始めて暫く。リヴァイアサンにて。
「奴ら……何とも小賢しい真似を……」
陽公シモンも全く武人らしからぬゲルマニア軍の行動に、怒りを表に出してしまっていた。
「何、気にする事はない。ブリュッヒャーはいずれ落とせる」
一方、女王ニナは何とも思っていないようであった。
「それまでは一方的に撃たれねばならないのですか?」
「そんなに不愉快か? ならばこちらも撃てばいいではないか」
「ブリュッヒャーには我が軍の魔女が多数乗り込んでいるのです。とても撃てません」
「お前は臆病な奴だな。我が軍の魔女がその程度で死にはしない。いざとなったら脱出出来る」
「そ、そうは言いますが……」
味方が乗っている船を砲撃するのが正気ではないというのは、ゲルマニアとヴェステンラントの共通認識であった。
「……まったく、シモン、お前は思い切りが足りんのだ。余がやってやろう。全艦、ブリュッヒャーに対し砲撃を再開せよ!」
「へ、陛下!? 本気ですか!?」
「無論だ。ほら、とっとと行け」
女王ニナは伝令の兵士を走らせる。彼女は全く躊躇う気はなかった。そしてすぐ、リヴァイアサンに搭載された魔導対艦砲が火を噴いた。砲弾はブリュッヒャーの舷側を貫き、甲板の構造物を吹き飛ばす。
「おお、そうだ。横に穴が開いたではないか。そこから魔女を侵入させよ」
「……はっ」
ちょうど主砲塔に続く道に穴を開けることに成功した。ニナはすぐに突入を命令した。
「い、今の斉射は上手くいきましたが、いつまでも上手くいくとは――」
「よし、次だ。撃て」
「陛下……」
ニナは容赦なく次の斉射を命じた。
「陛下! 魔女隊に損害が出ております!」
「だからこうなると……。陛下、このような攻撃は止めましょう。味方ごと撃つなど正気の沙汰ではありません!」
「多少兵士が死んだところで構うものか。戦争とはそういうものだ」
「とてもそうは思えません」
「そうか。だが、ブリュッヒャーの戦力は確実に低下している。もうすぐ、ようやく戦艦を沈められるのだ。お前は黙って見ていろ」
「…………」
シモンにニナを止めることは出来なかった。しかし非情な作戦であるとは言え、それがブリュッヒャーを追い詰めていることは確かであった。
〇
「2番主砲塔が制圧されました!!」
「……厳しくなってきましたね」
ヒルデグント大佐は思わず顔を顰めた。リヴァイアサンからの砲撃によって舷側を貫かれ、そこが新たな侵入経路になってしまっている。ブリュッヒャーは増々追い詰められていた。
「もしも艦橋を撃たれれば、敵に直接侵入される可能性があります。もう神に祈るしかありませんね」
「それは……」
「機関室は大丈夫な筈です。ここさえ落ちなければ、艦の制御を奪われることはないでしょうが」
「それが神頼みとは、何とも……」
いつ死んでもおかしくない。ブリュッヒャーはまさに瀕死なのである。と、その時であった。
「大佐殿! レーダー艦長より、至急艦橋に来て欲しいとのこと!」
「私に? ……まあ、戦況は落ち着いていますし、分かりました。ここは任せましたよ」
「はっ!」
ヒルデグント大佐は階段を登った先の艦橋に向かった。
「――カルテンブルンナー大佐です。どうかされましたか?」
「この状況、勝てると思うか?」
「それは……。敵の大砲に楼閣を貫かれると、ここは落ちます」
「勝てる見込みはないし、負けるまで時間はないということだな」
「え、ええ、まあ。率直に申し上げればそうなります」
「であれば、私は決断しようと思う」
「決断、ですか?」
「敵の巨大戦艦、リヴァイアサンに、ブリュッヒャーを突っ込ませる。戦艦の質量であれば、あれを破壊出来る筈だ」
大きさこそリヴァイアサンは2倍以上のものだが、木造のそれと鋼鉄のブリュッヒャーとでは質量がまるで違う。激突すればブリュッヒャーが押し切れる筈だ。
「なるほど。しかし、閣下は艦長です。そうお決めになったのなら、すぐに実行すればよろしいかと」
「君達を巻き込むことになる。それでもいいかと聞いておきたかったんだ」
「そうですね。この状況では脱出も出来ません」
「君達は、それでいいのか?」
「はい、構いません。全ては我が総統の勝利の為です」
「分かった。ありがとう。では、共に行こう」
「はい」
「全速力で敵に突っ込むぞ!!」
ブリュッヒャーは船首をリヴァイアサンに向け、全速で前進を始めた。
〇
「殿下! 敵の戦艦が、こちらに突っ込んで来ます!」
「何!?」
シモンはすぐ甲板に出て、その様子を確かめた。
「まさか、体当たりでもしようと言うのか……?」
「そうとしか考えられません!」
「砲撃で止められるか……いや、無理だ。回避するしかない。全力で前進せよ! あれを躱せ!」
「無駄だ、シモン。もう間に合わん」
「へ、陛下、いたのですか。しかし回避しなくては――」
「お前が造ったのだから、お前が一番よく知っているだろうに。あれは回避出来ないとな。大体、向こうの方が圧倒的に速力が上なのだから、逃げ切れる訳がなかろう」
「で、では、潜行を――」
「準備に何分かかると思っている?」
「クッ…………」
機動力が壊滅的に低いリヴァイアサンにとって、体当たりというのはかなり有効な攻撃手段であったらしい。