ブリュッヒャー救援作戦
アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは、甲板に多数の魔女が彷徨いているものの、艦内への侵入を阻むことには成功していた。
「閣下! 魔女共が去っていくようです!」
「ふう……。ようやく諦めたか」
安堵の溜息を吐くシュトライヒャー提督。魔女がずっと艦の上にいるのは、思っていた以上に精神的な負担になっていたらしい。
「プリンツ・オイゲンでも魔女が撤退を始めたとのこと!」
「そうか。だがブリュッヒャーは……」
「撤退する気配はなさそうですね……」
ブリュッヒャーの戦況は未だに一進一退であり、ヴェステンラント軍に諦める気はなさそうであった。
「援護には行けんのか……」
「はい。魔女共はブリュッヒャーの甲板に簡易的な陣地を形成し、我々が乗り移るのに備えているようです」
「クソッ。ふざけてくれるな……」
まるで自分達の船であるかのようにブリュッヒャーを守る魔女達。外から乗り移るのはやはり厳しそうだ。
「では閣下、外から砲撃だけでもしてみるのはいかがでしょうか? 相当な圧力にはなるかと」
シグルズは提案する。戦艦からブリュッヒャー甲板の敵兵を砲撃するという策だ。
「ぶ、ブリュッヒャーを撃てというのか?」
「対空機関砲なら装甲に傷もつきません」
「そ、そういうことか……。てっきり主砲をぶち込むものかと思った」
「流石にそんなことはしませんよ」
「うむ。いいだろう。ブリュッヒャー甲板の敵を本艦の対空機関砲で薙ぎ払う。急げ!」
かくしてシグルズの作戦はすぐに承認され、実行に移される。
〇
アトミラール・ヒッパーはブリュッヒャーと平行になるよう横付けした。アトミラール・ヒッパーの艦橋から、ブリュッヒャーの様子がよく見える。魔女達は鋼鉄のバリケードをいくつも築き、その後ろに身を隠していた。
「効くのかは分からんが……対空機関砲、用意はいいな?」
「はい。いつでも撃てます!」
「よろしい。では、撃ち方始め!!」
アトミラール・ヒッパーの甲板にある、本来は対空戦闘の為に設置された対空機関砲。それを水平に向け、ブリュッヒャー艦上の敵に向けて一斉に銃弾を放った。数万の機関砲弾が甲板の敵に襲いかかる。
「クッ……機関砲では威力不足か」
「そのよう、ですね……」
機関砲弾は魔女達が展開する厚い壁に阻まれ、その体を貫くことは出来なかった。無数の機関砲弾に撃たれても、それらの壁が崩れることはなかったのである。
「全く、人の船の上にバリケードなんぞ築きおって」
「こうなったら、副砲で攻撃するしかありませんね」
「――本気か、シグルズ?」
「はい。副砲を多少食らった程度では、戦艦は沈みません。敵に奪われるくらいなら、傷をつけてでも奪い返すべきです」
「うーむ……そうかも、しれんな」
魔女の撃退に失敗すればブリュッヒャーは奪われてしまう。それよりは甲板に多少の穴を開けても魔女を撃退した方がよい。シュトライヒャー提督はシグルズの意見を認めた。
「副砲用意! 甲板の敵を砲撃する! 急げ!」
アトミラール・ヒッパーはブリュッヒャーから距離を取り、副砲に砲手を配置した。
「これなら何とか狙えそうです」
「よろしい。全副砲、撃ち方始め!」
副砲とは言っても戦車の主砲より巨大な大砲だ。砲弾はブリュッヒャーに叩きつけられ、木製の甲板を激しく抉り吹き飛ばした。
「やはり、心苦しいな……」
「あの程度、戦艦の航行には何の影響もありませんよ」
シグルズはあくまで冷淡に応える。
「そう分かってはいるのだがな」
自軍の戦艦を撃つという行為には不快感を感じざるを得なかった。そうしてアトミラール・ヒッパーは、30発ばかりの砲弾をブリュッヒャーの甲板に叩き込んだ。
「砲撃は一旦止めろ。敵の様子はどうだ?」
「ある程度は吹き飛ばせましたが……多くの魔女が鉄の壁の後ろに隠れているようです。これでは、これ以上の戦果の拡大は望めないかと」
「副砲を防ぐか……。奴ら、一体どうなってるんだ……?」
そんな能力があるのならばとっくに戦車が無力化している筈なのだが、そうなってはいない。なかなか不可思議な現象だ。
「シグルズ、これについてはどう思う?」
「魔女の数で何とかしているのでしょう。何枚も壁を作れば、砲弾だって防げますから」
「ここに大量の魔女が集まっている証左という訳か。しかしそうなると……ブリュッヒャーを救うことは無理なのか……?」
まさか主砲を僚艦にぶち込む訳にもいくまい。シュトライヒャー提督に残されて手はなかった。
「申し訳ありません。僕にも、いい作戦は思いつきません」
「ああ、いいんだ。だがいいことを思い付いたぞ」
「いいこと?」
「ああ。こうなったらもうこの状況を活かすしかない。ブリュッヒャーの後ろから、リヴァイアサンを撃つ!」
「なるほど。それはよいですね」
リヴァイアサンはブリュッヒャーを撃てない。味方が沢山乗っているからだ。故にブリュッヒャーを盾にすれば、アトミラール・ヒッパーは一方的に打ち放題なのである。
「よし、これで行こう。プリンツ・オイゲンは退避させろ」
シュトライヒャー提督も容赦をする気はないのである。