艦内の白兵戦
「あ、あれは……! 無数の魔女が飛び立ちました!!」
「やはり、ハッタリではなかったか……」
群れて飛び立つ鳥のように、黒い羽を持った魔女達が、リヴァイアサンの甲板から一斉に飛び出した。その数はシモンが宣言した通り、一万前後と見られる。コホルス級以上の魔女だけでその数となると、相当な大戦力だ。
「こ、こっちに来ます!」
「全砲門、対空戦闘始め! 撃ちまくれ! 誰一人として通すなっ!!」
大砲は榴弾を次々と魔女の群れの中に叩き込み、戦艦甲板の対空機関砲、対空機銃が必死に魔女を狙い撃つ。敵がそもそも大規模であるだけに、撃墜された魔女は数百に上った。しかし、生き残っている魔女はその何倍もいる。戦艦の必死の迎撃は、大勢にはほぼ影響を与えることは出来なかった。
「む、無理です! あんな数はとても落とせません!」
「そんなことは分かっている! 全艦、甲板の兵士は速やかに艦内に退避。全ての扉を閉鎖せよ」
「はっ!」
案の定、艦内への侵入を拒むことには完全に失敗した。やはり狭い艦内に勝機を見出す他にないだろう。
「では、シグルズ、本当にアトミラール・ヒッパーの担当でいいんだな?」
「はい。プリンツ・オイゲンは我が旅団のオーレンドルフ幕僚長が守りきってくれるでしょう。ブリュッヒャーも、ヒルデグント大佐がいれば平気です」
「そ、そうか。では、艦内での前線指揮は君に任せる」
「はい、任されました。それでは早速、行って参ります」
戦艦は全て、白兵戦を前提に設計、改良されている。今や敵が侵入出来る経路は完全に固定され、その先には機関銃を並べたゲルマニア軍の陣地が待ち構えているのだ。シグルズはその指揮につく。
「敵魔導反応、接近! もう来ます!」
「早いな。総員、戦闘用意!」
それから数十秒で、魔導兵の影が曲がり角から現れた。
「撃てっ!!」
容赦なく数千の弾丸を叩き込む。が、聞こえてくるのは弾丸が弾き返される音のみ。どうやら効果はないようだ。
「か、壁です! 壁が動いています!」
「ヒルデグント大佐が遭遇したのがこれか」
魔女は廊下を綺麗に塞ぐような鉄の壁を造り出し、その後ろに隠れながらじわじわと接近してくる。機関銃弾程度ではとても効果がありそうになかった。
「大佐のように突撃銃片手に突っ込んでもいいが……やりたくはないな。いや、それどころか、それを見越して改良されているみたいだ」
ヒルデグント大佐は壁の後ろに回り込んで魔女を撃ち殺す戦法を取ったが、それを封じるように、壁と通路の隙間はほとんどなかった。
「で、では……」
「この為に新しい武装があるんだ。火炎放射器、用意!」
「は、はいっ!」
戦車に搭載するような大型の火炎放射器が後方に置かれている。銃弾の効かない相手を殺す為の武器だ。一つの大型の機械から3つの噴射機が伸び、兵士達はそれを壁に向けた。
「壁と廊下の隙間を狙え! 炎ならば隙間を通り抜けられる!」
「はっ! 問題ありません!」
「では放てっ! 奴らを焼き尽くしてやれ!」
兵士達は炎を放った。炎は壁の端の僅かな隙間にぶつかり、四散しているようであった。
「き、効いているのですか!?」
「それは見れば分かる! ……止まったか」
じわじわと進んでいた壁が止まった。火炎放射器は噴射した燃料を燃やすものであり、隙間から反対側に回り込んだ燃料が後ろの魔女を焼いたのであろう。作戦は成功だ。
やがて壁は倒れ、その後ろには何も残されてはいなかった。
「どうやら、殺せたようではなかったようですね……」
「ああ、そのようだ。だが、これで敵の戦術をほぼ無力化することに成功した訳だ。十分な成果だろう」
「そう、ですね。これを続けていれば、敵がここを突破することは出来ません!」
火炎放射器によってヒルデグント大佐のように危険を冒さなくとも、壁を持った魔女を撃退することが出来た。これで終わりなら何も問題はないのだが、シグルズはヴェステンラント軍がまだ何かをしてくる気がしてならなかった。
「少将閣下! 艦橋より連絡です!」
「何だって?」
「敵が甲板を貫き艦内に侵入しようとしているとのこと! 第3船室の真上です!」
「……ついに、それをやってきたか……」
これまででも不可能ではなかった。戦艦の装甲をくり抜いて艦内に侵入することは。シグルズとて、その想定はいつもしていた。
「今回は護衛部隊も作業部隊も十分な数がいる。それで時間のかかる装甲切り抜きを試みた、ということか」
「ま、まさか、後方に直接侵入されるとは……」
「ああ、そうなるともう、侵入経路を絞ることは出来ない。ある程度の区画を完全に捨てない限りは、だが」
「そ、それは……」
「いずれにせよ、艦橋との協議が必要だ。通信機を」
「はっ!」
速やかにどういう方針で対処するかを決定しなければならない。シグルズはシュトライヒャー提督に通信をかけた。
「――閣下、選択肢は2つです。敵が侵入したすぐそこで迎撃するか、周辺の区画を切り捨てて陣地で守りを固めるか、です。ここは閣下の判断に従おうかと」
「私が、決めるのか……」
「時間がありません。それが最善かつ最速かと」
シュトライヒャー提督に決断を丸投げしつつ、両方の選択肢の準備を整え始めるシグルズであった。