移乗攻撃
双方決め手がないまま、戦闘は2時間が経過しようとしていた。
「副砲塔の損耗率、30パーセントを超えました!」
「敵巨大艦、全く傷付く様子もありません!」
「本当に、勝てるのだろうか……」
確かにヴェステンラント側は消耗し続けている筈だが、それが見えないのが辛い。一体いつまで戦い続ければいいのか、誰にも分からないのである。
「シグルズ、君はどう思う?」
「戦艦はこの程度では沈みません。まだ何も起こってはいませんよ」
「そ、そうか……」
「しかし、火力が落ちてきたのは問題ですね。右舷の副砲を左舷に動かしましょう」
「うむ。そうだな」
戦闘を続ける左舷は穴ぼこだらけになっているが、右舷は無傷である。右舷の副砲を左舷に持っていき、戦闘を継続することを、シュトライヒャー提督は許可した。火力を温存するなど考えている場合ではないのだ。
と、その時であった。
「閣下! ヴェステンラント側から通信が入っております!」
それと同時に、敵艦からの砲撃が途絶えた。
「何? すぐに繋げ」
敵との対話を閉ざすのは愚かな行為だ。シュトライヒャー提督はその通信をすぐに受けた。
『私はヴェステンラント合州国が七公の1人、陽公シモン・ファン・ルミエールだ。話し合いに応じてもらい、感謝する』
「こちらは神聖ゲルマニア帝国海軍、大洋艦隊司令長官のシュトライヒャーです。まずは要件をお聞かせください」
『これは失礼。通信を拒絶されるめのかと思っていたものでね。私がこのように呼びかけたのは、貴殿らに降伏を促す為だ』
「……左様ですか。まあこの状況で話すことなどそれくらいしかありませんからな。しかし、降伏など断固として受け入れられません」
『であれば、この船、魔導戦闘艦リヴァイアサンに乗った一万の魔女が出撃し、貴殿らの戦艦を奪うだろう。それでもかな?』
「攻撃の予告ですか。これはご親切に、どうも。しかし、これまで何度もヴェステンラント軍の襲撃を受けていますが、一度たりとも敗北したことはありません。脅しにはなりませんよ」
『それはそれは、さぞ自信があるようにお見受けする。ではこうしよう。ここでお互いに切り上げて、お互いに本国に帰る。これならば受け入れらるのでは?』
「まさか。それではヴェステンラントの勝利ではありませんか」
ゲルマニアは敵を撃退するだけではダメなのである。目前の敵を全て撃滅、或いは降伏させなければならないのだ。守備側が有利と言うのはいつの時代でも真理である。
『はははっ、これはまた辛辣なことを。しかし今すぐに決断せよと言うのも酷だ。30分だけ考える時間を与えよう。返答を待つ』
そうして通信は切られた。
「ふむ……シグルズ、どう思う?」
「恐らく、敵にも余裕はないのでしょう。終わらせられるのならば戦闘を終わらせたいのかと。であれば、寧ろ徹底して戦い続けるべきです」
「では、奴らが言っていた移乗攻撃というのはハッタリだと?」
「いえ、それはないでしょう。本当にその準備はある筈です」
そうでなければ、ゲルマニア側が休戦を拒否した時に何も出来ず、負けを認めたも同然になってしまうからだ。
「ふむ……しかし一万の魔女だぞ? 勝てるのか?」
「例え兵士の数が多くとも、戦艦の狭い通路には5人程度しか並べません。先頭から機関銃で薙ぎ払えば、問題はないかと」
「そう、か。だが君がいられるのは一隻の戦艦だけだ。他の戦艦はどうする?」
「僕がいなくとも、ヒルデグント大佐やうちのオーレンドルフ幕僚長がいます。いずれも魔女との戦闘に長けた兵士です」
「だが、万が一ということもある……」
無限の魔法を持つシグルズがいれば、まあ何とかなると誰もが思っている。が、有限の魔法しかなくレギオー級の魔女などと比べると戦力に劣る彼女らでは、安心し切ることは出来ない。シュトライヒャー提督は少なくともそう思っている。
「……確かに、確実に守り切れるかと言うと、断言は出来ません。しかし戦場に確実を求めるべきではないのでは?」
「それはそうだが、万一の時に失うものが大き過ぎる」
「この勝負に勝てば、ヴェステンラント軍にはもう手がない筈です。僕達の勝利が一気に近付きます」
「しかしな……そんな賭けをするのは……」
「閣下、我々陸軍を信じてください。魔女や魔道兵との戦闘は、恐らく閣下の想像以上に手馴れていますから」
「……少し、考えさせてくれ」
これはなかなか分の悪い賭けである。負けた時に失うのは戦艦であるが、勝ったとてリヴァイアサンを沈められるとは限らない。ここで勝っても結局負けて戦艦を失うかもしれない。
だが、ここで逃げ帰るなど言語道断。枢軸国にもゲルマニア臣民にも面目が立たない。シュトライヒャー提督には結局のところ、選択の余地はなかった。
「私は決めたぞ。奴らの提案など呑まん。我々は、あのリヴァイアサンとやらを沈める! ヴェステンラント側に連絡しろ」
「わざわざ連絡するのでありますか?」
「ここで奇襲なんてしたら、我が国の信用がなくなってしまう」
「はっ」
かくしてシュトライヒャー提督は、陽公シモンに戦闘の継続を伝えた。
『――左様か。なれば、仕方がない。我々も全力で受けて立とう』
「望むところです」
両軍は直ちに砲撃を再開。戦闘は激化する。