ベルムーデス沖海戦
速度で大幅に優るゲルマニア艦隊は各艦の側面を敵艦隊に向けるように単縦陣を展開した。最大火力を敵艦隊に投じられる陣形である。
「敵艦隊、主砲の射程に入りました!」
「よし。全主砲、撃ち方始め!」
戦端は開かれた。3隻の戦艦の36門の主砲が火を噴く。
「敵艦、8隻の轟沈を認む!」
「よし。その調子で撃ちまくれ」
「はっ!」
敵艦隊が密集しているお陰で適当に撃っていれば命中する。ゲルマニア軍にとっては非常に都合のいいことである。
「敵艦隊、接近してきます」
「副砲、甲鉄艦は砲撃の用意をしておけ」
「はっ!」
いつもの流れ通りに戦闘は順調に進む。このままいけば何てことはなく勝利出来るだろう。と、思われていた時であった。
「ん? 何だあれは?」
「く、鯨でもいるのでしょうか……」
前方500パッススほどの海中に巨大な何かがあるのが見えた。それはみるみるうちに海面に近付いてくる。そして、水中から巨大な水飛沫を上げ、それは姿を現した。
「ふ、船、だと……」
「す、水中から、現れた……?」
水浸しの木造船が両艦隊の間に姿を現した。全く信じ難い光景に、アトミラール・ヒッパー艦橋の士官達はことごとく硬直してしまった。
「そ、そんな……」
「ど、どうした?」
「周りに大きさを比較出来るものがないから大きさが分かりにくいですが、あの船、かなり巨大です! 全長、およそ200パッスス!」
「な、何と言った……?」
全長だけで言えば地球の戦艦大和並み。アトミラール・ヒッパー級戦艦など2隻縦に並べてもまだ届かない。信じられない巨艦だ。
〇
「ふははっ! ゲルマニア人め! ここからでも狼狽している様子がよく分かるぞ!」
女王ニナがこの巨大戦艦を直々に率いている。ニナは砲撃が止まったゲルマニア艦隊の様子を見て大いに笑った。
「はい、陛下。この魔導戦闘艦リヴァイアサンなれば、戦艦とも正面から撃ち合えます」
「よく造ってくれたな、シモン」
本国にいち早く帰還していた陽公シモン。本土決戦に備えて国土を整備すると同時に、このリヴァイアサン級魔導戦闘艦を建造していたのであった。女王ニナから下された無茶な要望を全て叶えた、夢のような船である。
「陛下のご命令であれば、何でも果たしてみせましょう」
「だったら今すぐこの世界を征服して欲しいのだが?」
「そ、それは……」
「冗談だ、真に受けるな。さて、では始めよう。魔導対艦砲、砲門を開け!」
巨大な艦隊の舷側に無数に開けられた砲門。中世のガレオン船と同じ設計思想であるが、その数と一つ一つな大きさは段違いである。そしてその中に控えているのは、ヴェステンラント軍が開発した新兵器、魔導対艦砲である。
「これが戦艦に通じればよいのですが……」
「計算の上では通じるのだろう? ならば余はお前達を信じよう」
「ありがたきお言葉です」
「まあ、お前の心配事は今分かることだ。全門、撃ち方始め!!」
ニナは新たな戦いの火蓋を切った。
〇
「て、敵艦、何かを撃ってくる様子です!」
「心配するな! 例え何百門とあろうが、魔導弩砲では、甲鉄艦を貫くことも出来ん!」
と、シュトライヒャー提督が豪語した瞬間であった。彼の艦橋を激しい揺れが襲った。
「な、何だ!?」
「こ、これは一体……」
「た、大変です! 甲鉄艦アルミニウス、大破しました!」
「な、何? そ、そんな馬鹿なっ……」
「ケーニヒ・ヴィルヘルム、ジークフリートも大破! 自力での航行は困難です!」
「そ、そんな馬鹿な……。い、一体、何が起こっているんだ……?」
ヴェステンラント軍が新兵器を投入したことは明らかだ。それもゲルマニアの誇る鋼鉄の艦隊に傷を付けられるほどの代物を。
「そ、そう言えば、さっきここも大きく揺れたな? アトミラール・ヒッパーも撃たれたんじゃないのか?」
「そ、そうかもしれません。すぐに調べて来ます!」
これまで戦艦に傷が付いたことなど一度だってなかった。故に損害を負った時の対応は、今日この時が初めてなのである。
「8番副砲が吹き飛ばされています! 砲撃手が全滅して、情報伝達が行えなかったとのことで」
「8番、か……。あそこはそこそこの装甲に守られていたよな?」
「は、はい。その筈です。それが大穴を開けられてしまいました……」
「何ということだ……」
戦艦の装甲をも貫くヴェステンラントの新兵器。シュトライヒャー提督は震撼せざるを得なかった。と、その時であった。
「失礼します。ハーケンブルク少将です」
「シグルズ? どうしたんだ? と言うか君はプリンツ・オイゲンにいた筈では?」
「この状況、皆さんが大いに狼狽していると思いまして、様子を見に来ました。どうやら思った通りのようですね」
「あ、ああ。当然だろう? 戦艦を貫ける兵器が、まさか存在するとは……」
「何を怖気付いているのですか! 戦艦とは本来そういうものです。敵味方で砲撃戦を行い、どちらかが沈むまで殺し合うものです。片方が無傷で相手を圧倒出来るなど、そんな都合のいいことはありませんよ」
「ま、まあ……それも、そうだな。戦争とはそういうものだよな」
今日までの一方的な戦争が異常だっただけで、これは戦争が本来の殺し合いに回帰したに過ぎないのである。