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反転攻勢

「た、態勢を立て直します。突出している部隊は一度下がって、防御を固めてください」

「ダメです! 既に前線は混乱状態にあり、指揮系統は崩壊しております!」

「う、嘘でしょ……」


 調子に乗りに乗って突撃していた部隊が突然反撃を受けた。これでは部隊が崩壊するのも無理はないだろう。ヴェステンラント軍は急速に秩序を失い、瓦解しつつあった。


「これまでの敵の失態は、全て演技だったとでも言うのですか……。そんなこと、あり得ない……」

「し、しかし、そう考えるしか……」

「敵は我が軍を包囲しようとしております! このままでは、全軍が包囲されてしまいます!」

「どうやら……私達は完全に、してやられたようですね」


 大八州軍が各方面で潰走していたのは、全てヴェステンラント軍をおびき寄せる為の罠であったのだ。既に彼らは態勢を完全に立て直し、勢いに任せて陣形が乱れ切っているヴェステンラント軍を三方面から包囲しにかかっている。


「な、何かご命令を!」

「今や……全軍を救うことは不可能です。こんなことは命じたくはありませんが……動ける部隊は撤退し、城に戻って来て下さい。それ以外は、見捨てます」

「み、見捨てる……」

「はい。今や、一人でも多くの兵士を助けることしか出来ません。その為の策です」


 全体的に見ればヴェステンラント軍の敗北は決定的だ。故にどれだけの部隊を無事に船上から離脱させられるかが、オリヴィアの考えるべき唯一のことである。


「しょ、承知しました! 直ちに行動可能な部隊を城内に撤収させます!」

「はい、お願いします。それと、どの部隊にも降伏は許可しません」

「許可を、しないのですか……?」

「ええ。逃げることの不可能な部隊は、囮となって敵を集め、動ける部隊が撤退する隙を作ってもらいます」


 非情な判断であるが、可能な限り多くの部隊を手元に残すにはこうするしかなかった。彼らの死は、決して無駄ではない。


「命令は以上です。各自、お願いします」

「はっ……」


 オリヴィアもまた、この戦争で合理性に毒されているのであった。


 ○


 一方その頃。突出した部隊の一つであるドロシア率いる騎馬隊は、大八州軍に逆に包囲されて窮地に立っていた。


「殿下! 包囲網の突破は不可能です! 最早、敵に降るしか……」

「クソッ……」


 ――私が捕まる訳にはいかないけど、私だけ逃げて部下に死ぬまで戦わせるなんて論外だわ。


 ドロシアは自ら――ヴェステンラント大公の一人が捕まる意味を理解している。故に彼女だけは逃げなければならず、その手段もある。だが同時に、ヴェステンラント大公が家臣を置き去りにして逃げたとなれば、それはそれで体面が非常に悪化するのも理解している。ドロシアはその板挟みに悩まされていた。


「ここで私達が降伏する訳にはいかない!! 敵を食い止め、友軍が逃げる時間を稼ぐのよ!!」

「「おう!!」」


 全体の戦況を鑑み取り敢えず玉砕を命じたドロシア。


「それなるは、ヴェステンラントの大公ドロシアとお見受けする!」

「はぁ?」

「その首、もらい受ける!」

「チッ。うざいわね」

「殿下っ!」


 騎馬隊は壊滅寸前。ついにドロシアの許に大八州の騎兵が辿り着いた。ドロシアを守らんとする兵士達を次々と叩き斬り、たちまちドロシアとの距離を詰める。


「覚悟っ!!」

「私に雑兵が勝てると思うな」


 ドロシアは魔法で手の中にすっぽり収まるくらいの石を作り出し、武士の首に向かって投げつけた。


「っ……!?」

「ふははっ! 馬鹿がっ!」


 武士の首から上が弾け飛び、暫く馬の上に乗っていた胴体も転げ落ちた。いくら戦闘に向いていない黄の魔女とは言え、レギオー級の魔女にただの武士が一騎打ちを挑むのは自殺行為なのである。


「殿下、ここはもう持ちません。我らが時間を稼ぎます故、殿下は城までお逃げください!」


 ――お、その言葉を待っていたわ。


「…………分かった。お前達の忠義は忘れないわ。生き延びなさい!」

「はっ!!」


 ドロシアは家臣の献身的な言葉を受け、ようやく体面を立てつつ逃げることが出来た。すぐに黒い羽を広げ、味方の陣地まで一直線に飛ぶ。まもなく騎馬隊は全滅したが、それなりの兵を離脱させることは出来たのであった。


 ○


 数時間後。戦闘は終息し、街道には無数の死体が転がっていた。


「――殿下、生き残ったのは結局、一万に満たない程度の数だけでした……」

「そう、ですか。分かりました。あの状況からなら、寧ろよくやった方です。兵らには休息を取らせたいところですが、今は守りを固めなくては」

「はい、そのように」


 ヴェステンラント軍は全体の3分の2を失い、街道沿いの拠点に逃げ込んだ。だが大八州軍はそれ以上攻め込んで来ることはなかった。


「奴ら、攻め込んで来ないわね。どうなってるの?」

「ドロシア、戻っていたのですか。彼らは恐らく、城攻めをしたくないのでしょう。ここで私達を見張っておけば、街道が脅かされることもありませんから」

「押さえだけ残して北に援軍って訳ね」

「はい。戦略的には、今回も私達の負けです」


 大八州軍の増援を食い止めると言うヴェステンラント軍の目的は果たされなかった。だがガラティア軍は大八州軍の予想以上に早く国境を突破し、潮仙半嶋に侵入することに成功している。


 いずれの陣営が勝利するかは未だ判然としないのである。


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