嶋津の策略Ⅱ
「我が方、次々と敵軍を突破しております!」
「我らの勢いは圧倒的です! 我らの勝利は確実ですよ!」
「そのようではありますが……」
全軍で突撃をかけたヴェステンラント軍は大八洲軍を次々と突破、分断し、戦場を完全に支配していた。しかしオリヴィアは素直に喜ぶことは出来なかった。
「オリヴィア様、顔色が優れないようですが……」
「ええ。こうなることくらい、少し考えれば誰にでも分かる筈なんです。そんな失敗を大八洲人がするとは思えません」
「人間、調子に乗ると注意が散漫になりますからな。そういうものでは?」
「それなら嬉しい限りですが……これではまるで素人です。いくらなんでも彼らがここまで手を抜くとは思えません」
「は、はぁ……。しかし、この状態から逆転することなど不可能ではありませんか?」
「それもそうですが」
大八洲軍は既に指揮系統が崩壊するところまでバラバラに分断され、各個撃破されている。この壊滅的な状況から立て直すことなど不可能。オリヴィアも確かにそう思う。しかし不安は拭えない。
「オリヴィア様、ここで退くのは最早不可能です。今は少しでも大八洲軍を崩壊させることに力を注いだ方がよいのではありませんか?」
「そうですね。それしか、ありませんね」
ここまで勢いに乗った兵士達を、もう止めることは出来ない。オリヴィアには彼らを少しでも上手く操って大八洲軍を効率的に刈り取るしかないのである。
「それしかない、というのは、操られている気しかしませんが……」
オリヴィアは誰にも聞こえないよう呟いた。
〇
「申し上げます! 吉川備前守様、討ち死になされました!」
「何? ……下手を打ったか」
「こいつは、ちと不味いな。毛利殿の家老だったよな?」
「左様。こんなところで失うことになろうとは……」
潰走を繰り返す大八洲勢。既に多くの名だたる武将が失われ、ついに毛利家の柱とも言うべき武将が失われてしまった。
「嶋津殿、もうこれ以上は耐えられぬ。早く次の手を打ってはくれんか?」
「いいや。申し訳ないが、まだだ。もっと奴らを引きつける。すまんな」
「……承知した」
「話が早くて助かるぜ。だが、毛利殿のところの仇討ちは、この嶋津薩摩守が必ずや引き受けよう」
「頼むぞ」
大八洲勢はまだ耐える。全ては嶋津薩摩守昭弘の策を成功に導く為に。
「て、敵勢がここに迫っております!」
「殿! 今はお下がりください!!」
「いいや、違うぞお前ら。今こそ好機。全軍、奴らを叩き潰せい!!」
「な、何をすれば……?」
「お前らは進め! 俺についてこい!!」
「殿!?」
昭弘は近くに止めてあった馬に跨り、家臣達を置き去りに駆け出した。兵士達は慌てて彼を追い、接近するヴェステンラント軍に逆に真正面から突撃したのである。
「な、何なんだお前らっ!?」
「貴様らは罠に嵌ったんだよ馬鹿共がっ!」
「ぐあぁぁっ!!」
嶋津薩摩守は単騎で駆け、得意の剣術で馬上から魔導兵達を斬り付けて次々と葬っていく。
「殿っ!! どうかお下がりください!!」
「お前らが遅いんだ! とっとと来い!」
「「おう!!」」
昭弘に追いつこうと武士達は全力で駆け抜け、先を争って魔導兵を斬り捨てる。あっという間に昭弘率いる嶋津軍はヴェステンラント軍の奥深くにまで斬り込み、潰走に追い込んだのであった。
〇
「申し上げます! 敵が反撃してきました! 北側の連隊が次々と突破されております!!」
「て、敵にまだそんな余力が……。決死の抵抗というものでしょうか。死に物狂いの兵士とは、恐ろしいものですね……」
オリヴィアは大八洲軍の行動を追い詰められた末の自殺的突撃と判断した。
「諸将に伝えてください。彼らとマトモに戦ってはならないと。彼らはただ生き残る為だけに死力を尽くして戦っているのです。ですので、逃げるのならば殺す気はないと意志を示せば、彼らは途端に瓦解します、と」
「や、奴らの好きにさせるのですか?」
「そうです。彼らの勢いは一時的なもの。放っておけばすぐに瓦解します」
「はっ!」
敵を完全に包囲したり、完全に一方的な状況を作るのは愚策だ。敵にも味方にも出なくていい大量の損害が出てしまう。逃げ道を用意してやった方が、結果的にはよい方に進むのである。
しかし、事態はオリヴィアの思った通りには進まない。
「て、敵軍の勢い、衰える様子がありません!」
「このままでは我が軍の方が先に崩壊してしまいます!」
「な、何という統率力……。どうやら敵を見くびっていたようです」
彼らのことをオリヴィアは消える寸前の蝋燭だと思っていたが、どうやら本当は燃え盛る大火だったようだ。 消すのは困難である。
「……ど、どうされますか?」
「敵が私達の陣形に切り込んでいるのならば、それは寧ろ好機です。全軍で敵部隊を包囲、一気に殲滅します!」
「はっ!」
敵が統率を保った部隊ならば、改めて包囲し殲滅する。もちろん逃げ道は開けておきながら。これさえ潰せば大八洲勢は完全に壊滅する――筈であった。
「も、申し上げます!! 東、南の敵軍が反転、攻勢を仕掛けております!!」
「ほ、本当ですか……?」
蜘蛛の子を散らすように蹴散らしたと思っていた敵勢が、彼らに牙を剥いたのであった。