馬韓國上陸作戦Ⅲ
「ドロシア様、申し上げます! 第一陣は敵の石垣に全く敵わず、敗走致しました!!」
「……どうしてあんなものに苦戦するのよ」
「そ、それが、大八洲人は大量の槍を用い、石垣を乗り越えようと接近した我らの兵を次々と刺し殺したとのことです! 我らにも槍がなければ、石垣に近づくことすら出来ません……」
「槍、か。確かに大八洲人が使うのを見るのは初めてね。奴らにもその準備があったのは驚きだわ」
「そうですね。槍は補給に掛ける負担が大きいですから、大八洲人もかなり本気を出してきているのでしょう」
オリヴィアは言う。槍は刀と比べてエスペラニウムの消費量が多く、ガラティア軍以外の軍隊でそれを積極的に使うものはない。ガラティア軍とて、それを普通の魔導兵に回せば数倍の軍隊を用意出来るのだ。
故に、大八洲人は何としてもここでヴェステンラント軍の上陸を食い止めたいのである。逆に言えば、ここで上陸を成功させればヴェステンラント軍が大きく優位に立てる。必ずや上陸を成功させねばならない。
「――何て言っても、上陸出来なければ意味がないわ。壁と槍がこんなに面倒だとは、思わなかったわ」
「そうですね……。壁を一気に乗り越える手段さえあればよいのですが」
「壁を乗り越える、か。まあ、なくはないわね」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。あまり気は進まないけど、私が出るわ。ふふっ、レギオー級の魔女の力ならば、あの程度、造作もない」
「ドロシアがそれでいいのなら、部隊の指揮は私が執らせてもらいますから、存分に戦ってきてください」
「ええ、そうするわ」
かくして、ドロシアが直卒する主力部隊が突撃を開始する。
〇
「全軍、突撃!!」
「「「おう!!!」」」
砂浜に降り立ったヴェステンラント軍1万5千。そのうちの2千程度は騎馬隊であり、全軍の先陣である彼らの中にドロシアも入っている。歩兵隊を置いて、騎馬隊は全速力で突撃を開始した。
「ドロシア様、敵の射撃です!!」
流石に騎馬隊は脅威と感じたのか、大八洲勢は弓矢で攻撃してきた。
「魔女隊、部隊を守れ!!」
ドロシアはあえて魔法を使わなかった。彼女の存在が敵に勘づかれるのを嫌ったからである。部隊に混じる魔女達は様々な材質の防壁を空中に張り、無数の矢の到達を防ぐ。
「ドロシア様、この辺りが間合いかと!」
「そうね。さあ有色人種共、目に物見せてやるわ!!」
まだ敵兵の顔も分からぬほどの距離。しかしドロシアは紫に輝く魔法の杖を抜き、そして魔法を発動した。
次の瞬間、砂浜から石垣の頂上に至る土の斜面が形成された。そして騎兵達は斜面を一気に駆け上がり、大八洲勢に飛び込んだのだ。
「殺せ殺せ! 一人残らず殺し尽くせ!!」
「「おう!!」」
あまりにも突然の急襲に流石の武士も対応出来ず、槍から剣に持ち帰る間もなく次々と騎兵達の剣に斬り殺された。かくしてヴェステンラント軍は突破口を開くことに成功したのであった。
〇
「あ、有馬隊が突破されました!」
「敵兵がなだれ込んで来ております!」
「ほーう。土で登り坂を作るか。これで防塁はないも同然、という訳だな」
嶋津薩摩守はドロシアの策に感嘆していた。
「と、殿、どうされますか!?」
「どうするって? 決まってるだろう。これ以上奴らを通すな。食い止めろ」
防塁の反対側、内陸側は最初から斜面になっている。つまり今、ドロシアが突破した地点は小さな丘があるだけの平地のようになっているのだ。
「敵兵が一斉に、坂を登ってきます!」
「敵の数は既に我らの総勢より多い模様です!」
「だからどうした。防塁は破られたとは言え、こちらは坂の上にいる。地の利はあるさ。さて、俺も向かうとしようか。着いてこい!」
「「はっ!」」
昭弘は白兵戦に持ち込んでも敵を撃退出来る公算は十分にあると踏んだ。故に自身の馬廻を五百騎ほど連れ、ヴェステンラント軍が開けた突破口に急行する――筈であった。
「っ!?」
嶋津薩摩守の目の前に何か白っぽい物体が、砲弾のような勢いで落下した。
「あなたが嶋津薩摩守昭弘ね? 私がお相手するわ」
「ほう? ヴェステンラントの不死身の女か。こいつは、願ってもないねぇ」
青の魔女シャルロット。血の滴る長い爪と、狼のような鋭い眼光。嶋津薩摩守は静かに刀を抜いて彼女と向き合った。
「と、殿! このような奴は我らが相手します! 殿は進んでくださいませ!」
「いいや、お前らじゃ相手にならんよ、こいつは。俺が相手してやらねえとな。それに、こいつを殺すことが出来れば、こいつらの士気は一気に下がる。分かったか?」
「はっ……」
「話は終わりかしら?」
「ああ、終わった。やろうぜ?」
「何人でもいいわ。かかって来なさい」
「では遠慮なく。放てっ!」
「? っ!?」
嶋津薩摩守が号令をかけた途端、シャルロットの四肢が吹き飛んだ。彼女は一瞬にして胴体と首だけになった。昭弘が密かに配置していた弓兵が矢を放ったのだ。
重力に引かれ、シャルロットの残った体は地面に落ちた。
「ふふふ、このくらいじゃないと」
「まったく、手足くらい大したことはないってか?」
直ちに失われた四肢を再生し、シャルロットは昭弘と向かい合った。