形勢逆転
「どうやら、わたくし達の方が押しているようでございますね」
「クッ……」
部隊を指揮する能力もそれなりにある朔とジハードは、地上の戦況をある程度見極めることが出来る。そして両者共に、戦場での白兵戦は大八州側が優位であると判定していた。ジハードとしては認めたくはなかったが、実際にそうなのだから仕方がない。
と、その時、ジハードの魔導通信機に通信が入る。
「こんな時に……」
「わたくしは攻撃しませんよ? どうぞ出てください」
「……そうか」
朔がそこで不意打ちをするような人間ではないと判断し、ジハードは敵の目の前で通信を受けた。
『ジハード、単刀直入に言うが、もう戻っていい』
「へ、陛下? 戻っていい、とは?」
『この戦い、我らの負けだ。これ以上の戦いに意味はない。歩兵隊は降服させ、不死隊は帰投せよ』
アリスカンダルからの命令は敗北を受け入れて撤退せよというものであった。
「し、しかし……」
『無意味に人を死なせるのは好きじゃないんだ。まさか私の命令に逆らおうと?』
「い、いえ。直ちに帰投します」
ジハードに何か現実的な対案があったのならここで言い返していただろう。だが彼女も理解しているのだ。この状況を覆すのは不可能であると。
「それで、どのような用件でございましたか?」
「我々は撤退する。ただそれだけだ」
「おや、そうでしたか。それではわたくし達も退くとしましょう。あまり兵を失いたくはないものですから」
「勝手にしろ」
追撃をしないのは、ガラティア軍が総崩れになった訳ではなく、あくまで秩序を保って敗走しているからだろう。そして船上の兵士達は降服し、戦闘は一時的に終息したのであった。
○
「へ、陛下……我々は、また負けてしまいました……」
イブラーヒーム内務は悔しそうに。
「何、まだ2万と5千の兵力が残っている。大八州勢の5倍だ」
「そ、そうは言いましても、既に1万5千を失ったのですよ……?」
「それがどうしたというのだ。我々はその程度で怯んだりはしない」
「その程度、と仰るのですか……? これほどに兵力を失えば、全軍の秩序が崩壊しかねません」
「ああ、そうだな。確かにこの場所においては、我々は負けた。相手は非常に優れた戦術家であったな」
「な、何を……」
アリスカンダルの真意を全く見抜けないイブラーヒーム内務卿。
「我々の相手、眞田信濃守は優れた戦術家だ。だが、戦略家ではない。戦略的に圧倒している我々が負ける筈がないのだ。戦争とは数なのだよ」
「戦略、ですか……? 申し訳ないのですが、私にはさっぱり……」
「まあよい。いずれ分かることだ。我々は暫し、ここで敵兵を引き寄せておくとしよう」
「は、はあ……」
安東城の戦いは暫く膠着状態に陥ることとなった。だが、それは戦争の膠着を意味していない。アリスカンダルはこの程度で諦める男ではないのだ。
○
ACU2314 8/27 安東城
「も、申し上げます!!」
「何じゃ、血相を変えて」
すっかり顔の青ざめた伝令が眞田信濃守の許に駆け込んで来た。
「き、北の秦安城が陥落! ガラティア兵がこちら側になだれ込んできております!!」
「……何? 武田の主隊が負けたと申すか」
「そ、それが、敵兵には数万の唐土の兵がおり、いくら山形様でも押し切られてしまったとのこと!」
「なるほど。ふはははっ! やはり敵は、耄碌してはおらんかったか!」
「さ、眞田様……?」
狂ったように笑う眞田信濃守。彼の家臣達も苦笑いを浮かべる。
「まったく、やってくれる。どうする、菅助?」
「はっ。ガラティア勢が大河を越えたからには、すぐにここ安東城にも攻めかかってくることでしょう。そうなれば、我々は終わりにございまする」
河を渡ろうとする敵を迎撃することを主眼に置いた城だ。陸上から攻撃されればひとたまりもない。増してや数万の大軍ともなれば。
「うむ。毛利の後詰は間に合うか?」
「毛利殿や長曾我部殿は未だ潮仙の南部におりますれば、間に合いませんでしょうな」
「そうか……。だったら、安東城を捨てるか」
「さ、眞田殿!? 本気で仰せですか?」
「無論じゃ。河を渡られた以上、ここを守り切るのは無理な話。であれば、とっとと逃げて守りを固めるとしようではないか」
「し、しかし……」
「城を枕に討ち死になど、儂はしてやるつもりはないぞ? それは忠義にあらず。忠義とは武田家を守ることであろう」
敵に一本取られた。最大最強の防衛線である大河は突破される。だが、それで武田家の負けが決まった訳ではない。時を稼げば西国大名の増援も来る。それまでの辛抱だ。
「では、城は捨てるぞ。そうと決めたらとっとと動くぞ」
「「はっ!」」
かくして、安東城は放棄されることが決定された。
○
「しかし眞田殿、例え唐土の兵が敵に加わったとて、そんな寄せ集めで山形殿を打ち破れるとは思えませぬが……」
「そうだな。敵が唐人だけであれば、簡単に打ち負かせていただろう」
「で、では……」
「考えられるとしたら、敵に有能な武将がいたのだろうな。大八州人の武将が」
「裏切り者がいたと……?」
「いや、そうではない。上杉の生き残りじゃ。それしか考えられん」
「な、なるほど……」
将も兵も能力が低い唐土諸侯だが、上杉の武将が付いたのなら話は別だ。つまりそういうことなのだろう。