大河の戦い
「ふ、船が傾いています!!」
「言われなくても分かるわ! 船が浸水しているに違いない! すぐに船底を見てこい!」
「はっ! って、うわあっ!!」
船内に兵士が入ろうとした途端、逆に船の中から大量の水が溢れ出てきた。
「じ、ジハード様!!」
「クソッ! 水を排水して穴を塞げ! 急げっ!!」
みるみるうちに沈んでいく輸送船。ジハードは魔女達を大急ぎで動員し、排水作業と船の修理を行わせた。幸いにして浸水はすぐに止め、船を立て直すことに成功した。
「しかし……自然にこんな大穴が空くなんてあり得るのか?」
「いくら急造とは言え、あり得ません」
船底にあったのは不自然な大穴。穏やかな河でそんな穴が空くとはとても思えない。
「と言うことは、ここに裏切り者がいるか、大八洲勢の細工か。まあ、裏切り者なんていないだろうが」
「しかし細工と言いましても、どうやって船底を攻撃するのですか? まさか河の中に何か仕掛けがあったのでしょうか」
「それは考えにくいな。となれば……船底を直接殴られたか――」
「ジハード様!! 大変です! 船が次々と傾いています!!」
「やはりかっ! これは大八洲勢からの攻撃だ! すぐに水を抜いて穴を塞げ!」
これはどう考えても自然な損傷ではない。明らかに人為的な攻撃だ。ジハードは全力で修復を命じた。
「ジハード様、魔女が足りません! このままでは全ての船を修復するのは……」
「クッ……。ならば修復が不可能な船を捨てよ!」
「へ、兵士はどうなるのですか……?」
「武具を捨てて泳がせろ! 一隻でも多くの船を残すんだ!」
「はっ!」
ジハードは最早修理が間に合わない船は捨て、修復が可能な船だけを残すことにした。最大多数の船を残す判断は功を奏し、損害は僅かなものであった。
「ふん。この程度で我々を止められると思ったか! 前進せよ! 対岸に渡れば我々の勝ちだぞ!」
「「おう!!」」
また気を大きくしたジハード。今度こそ、大八洲人に好き勝手はさせない。この状況を一挙にひっくり返す策など存在しないのだ。
〇
「眞田殿、いずれの策も破られております! ガラティアの船は止まる気配もありませぬ!」
「やはりのう。ガラティアの不死隊とやら、決して侮れたものではないようじゃ」
「さ、眞田殿! どうするのですか! このままではガラティア勢がこちらに!」
「ご安心下され、穴山殿。眞田殿にはまだ策がございまする」
山本菅助はまたも思わせぶりな笑みを浮かべる。
「さ、策とは? 我らは何の用意もしておりませんが……」
「敵を欺くにはまず味方からというもの。菅助に命じて密かに用意をさせておいたのじゃ」
「し、して、その策とは……?」
「まあ、見ておれば分かる。兵らには白兵戦の用意をさせよ」
ここまでの策はほんの小手調べ。本命は次の策だ。
〇
「ジハード様! 対岸をご覧下さい!」
「何だ?」
「な、何かがやってきます!」
「その、ようだな……」
対岸の家々の間から突如として姿を現した、まるで動く家のような物体。それはその大きさにとても見合わない速度でこちらに向かってくる。
「あれは……船かっ! 奴らも我らと同じく、船を用意していたのか!」
「な、何と……!」
それは船であった。しかもガラティア側の粗末な船と違い、しっかりとした軍船である。それらがまるで海の上にあるかのように、地上を走っているのであった。
「ふ、船が浮いている……」
「クソッ、魔法か! あくまで上陸をさせる気はないようだな」
「船が、船が来ます!」
魔法によって運搬される船は河岸で武士を乗せると、そのまま河に投げ落とされた。20隻ばかりの軍船があっという間に参戦したのである。
「来るぞ! 総員白兵戦用意! これは海戦だ!」
「は、はっ!」
「ジハード様、危ない!」
「っ!?」
ジハードの立っていたすぐ横の板が吹き飛ばされた。その欠片がジハードの身に飛んでくるが、魔法で跳ね除ける。
「大砲か! 奴らそこまで周到な……」
大八洲の軍船に搭載された大砲が一斉に火を噴いたのである。兵士達はたちまち河に投げ落とされてしまう。
大八洲側がこれまで大砲を一度も使わなかったのは、それを保有していないと刷り込む為。全てはこの一撃を最も効果的にする為の準備だったのだ。
「敵船に乗り込め! 距離を取っては大砲にやられるぞ!!」
「「おう!!」」
ガラティアの船はイカダのようなもの。砲撃戦を行う能力どころか旋回砲の一つも搭載されていない。故にジハードが取り得る選択肢は、敵船に乗り込む伝統的な移乗攻撃だけなのだ。
しかし、大八洲人はそこまでも予想の範疇だったようだ。
「ふ、船が進みません!!」
「はぁ? 死ぬ気で漕げ!!」
「そ、それが、水の流れが西向きになっております!」
「馬鹿なっ! どうして河の流れが横向きになる!」
「そう言われましても分かりません!」
「……魔法、か」
魔法で全く自然に反した水の流れが形成されている。ガラティア船の下にだけ彼らを押し戻す水流が発生し、大八洲の軍船に全く近付けないのだ。
全ては眞田信濃守、そして山本菅助の掌の内で展開しているのである。