渡河作戦第二幕
「さて、橋は落とされ、我々にはこれを乗り越える手段がない」
アリスカンダルは言う。
「であるからして、まずは河を渡る手段を確保しなければ、話にならない。だが我々にはそんな手段はない。さて、どうしたものか」
「ど、どうしましょうか……」
河というのは22世紀の軍隊にとっても厄介な代物だ。魔法があるとは言え、この世界でも十分な脅威である。人の腰くらいの深さまでなら何とかなるが、船を浮かべられるほどの深さと幅を誇る大河を渡るのは、橋がなくてはもう不可能だ。
「あり得ない選択肢を一つずつ潰していこう」
「は、はぁ」
「泳いで渡るのは不可能。橋を架けるのは不可能。船ならば……不可能ではないな」
「ま、まさか、大河を遡って船を持ってくるのですか?」
「馬鹿を言うんじゃない。ここまで艦隊を送って来るのに何ヶ月かかると思っているんだ。それに大八州艦隊に妨害されるだろう。ヴェステンラント艦隊を差し向けてもいいが、それで上陸作戦が失敗したら目も当てられないな」
河を渡るとすれば船を用意するしかないだろう。が、船はない。
「で、では、橋がない以上、安東城の攻略は諦めるか、或いは船を用意しなければなりませんね……」
「そうだな。その通りだ。であれば、船を用意しようか」
「船を用意、ですか? し、しかし、そんなものの用意はありませんが……」
「ここに沢山、腐るほどあるではないか。見えないのか、この家々や屋敷が」
「家屋の建材で船を造られるのですか?」
「そうだとも。直ちに家々を取り壊し、船を造れ。河を渡るのだ!」
アリスカンダルの作戦、その第二段階が開始された。もっともただの思い付きであるが。
〇
「眞田殿! 敵は船を造っている様子! 鬼道を用い、信じられない早さで船が出来上がっております!」
「ここからでは矢が届きませぬ!」
「ふむ。では、手をこまねいて眺めているしかないな」
誰が見てもガラティア軍が船で大河をわたろうてしていることは明白。これでは橋を落とした意味がない。しかし眞田信濃守は泰然として気にも留めていない様子であった。
「眞田殿! ふざけておいでですか!?」
「いいや? 儂はいつだって真面目だぞ?」
「で、では、あれを何とかする策をお教えください!」
「矢は届かんのだろう? であれば、我らには何も出来ん」
「そ、それは――」
「静かにせい! 神仏でも出来ぬことは出来ぬのだ。出来ぬことに気を紛らわしてはならん。それは忘れ、出来ることだけを考えよ!」
眞田信濃守の怒声に諸将は黙り込んだ。
「それでは、奴らが船で河を渡り始めた時に、何とかするしかありませんな」
山本菅助は静かに言う。
「その通りじゃ」
「船を沈めるのでございまするな」
「いかにも。後はどうやって船を沈めるか、じゃ」
「船を沈める方法などいくらでもありましょう。しかしガラティア勢もそのくらいは考えてくる筈。何重にも策を講じ、沈めてやることとしましょう」
「うむ。では泳ぎの得意なもの、それと油をかき集めよ!」
眞田信濃守の頭の中には既に何通りもの勝ち筋が見えていた。
○
アリスカンダルの機転によって家屋の建材から数十の船を建造したガラティア軍。早速その船を大河に運んで来た。軍船としての機能はな質素な商船のようなものであるが、河を渡るだけならこれで十分であろう。
「さて、準備は整ったな」
「はい。建造した船を全て使えば、一気に五千は兵を運ぶことが出来ます」
「それでよい。では河を渡るとしよう。船に防備はないから守りは不死隊に任されている。そのことを忘れるなよ」
「はっ」
普通の船ならある装甲は今回全くない。言ってしまえば浮いているだけの木の塊である。故に大八州勢からの攻撃は兵士達が防がなければならないのである。
「まあ、我らの精兵であれば、大八州勢からの攻撃など大したことではあるまい。全軍、進め!」
かくして再び渡河作戦が開始された。
○
兵士達は船の上でファランクスの陣形を組み、その側面は不死隊が固める。橋を渡ろうとした時と同じ鉄壁の布陣である。
「ジハード様! 敵が仕掛けてきます!!」
「ああ。総員、壁を造れ! 兵らを守るのだ!」
対岸の大八州勢が弓を構えると、ジハードもファランクスの側面に壁を造る。そして数十秒の沈黙の後、武士達は射撃を開始した。しかし、ジハードはすぐにあることに気が付いた。
「矢が光っている? いや、火矢か!」
ファランクスが弾いた矢、壁に当たって落ちた矢の一部は船上に落下した。そしてそれこそが大八州側の狙い。油の塗りたくられた火矢の火はたちまち船に燃え移り、大きな炎になる。
「じ、ジハード様!」
「落ち着け! すぐに水の魔女と土の魔女で火を消すのだ!」
「はっ!」
この程度は想定内。水の魔女が炎の勢いを抑え、土の魔女が火元を土で埋め尽くし、たちまち炎は消えていく。大八州兵が次々と火矢を放つが、その火は船に燃え移る前に消されていった。
「ふん。この程度か、眞田信濃守。……ん?」
その時、ジハードは自分の足元がゆっくりと後ろに傾くのを感じた。