決死の抵抗
「やりましたね、隊長! これならゲルマニア軍も撃退出来ます!」
第五砦の守将はスカーレット隊長。ゲルマニア軍の攻撃を撃退した喜びを、ひとまずは兵士達と分かち合っていた。
「ああ、皆、よくやった。だが奴らはすぐに仕掛けてくるぞ。気を抜くな」
「「はっ!」」
お互いの顔が分かるくらいの距離で両軍は睨み合っている。どちらかが決断すれば直ちに戦闘が再開されるだろう。
「隊長、敵が来ます!!」
「総員塹壕に隠れろ!」
城門の後方にはそれと平行になるように塹壕が掘られている。これは塹壕戦を行う為のものではなく、単にゲルマニア軍の銃撃から身を守る為のものだ。
すぐにゲルマニア兵は砦の中に突入してきた。城壁をくぐる前から銃を乱射しているが、そんな攻撃は無意味である。それを理解したゲルマニア兵は塹壕の中に隠れた魔導兵を撃ち殺そうと次々に突っ込んで来た。
「今だ! 全軍、打って出よ!!」
「「おう!!」」
ゲルマニア兵を少々引き付けたところで、200程度の黒い鎧の重歩兵が一斉に飛び出し、ゲルマニア兵に斬りこんだ。ゲルマニア兵の突撃とヴェステンラント兵の突撃が衝突する。
「さあ、私を殺せる者はいないのか! かかってこい!!」
スカーレット隊長は血が垂れ落ちる魔導剣を高く掲げ、兵士達に名乗りを上げた。
「敵の司令官だ! 殺せ!!」
「そうだ、来い!」
敵を惹き付けると、スカーレット隊長は彼らに向かって突進する。銃撃を浴びても数発くらいなら魔道装甲が弾き返す。そして彼女の鎧に僅かな傷しか付かないうちに、スカーレット隊長は戦いを挑んだ兵士を斬り殺した。更に剣を振り回し、舞うように兵士を血祭りに上げていく。彼女の目の前にはたちまち死体の山が出来上がった。
「皆の者、この勢いだ! 誰一人として生きて返すな!!」
「「「おう!!!」」」
とても防衛戦とは思えない魔導兵の攻撃の前に、ゲルマニア兵は再び逃げ出し始めた。
「今度は逃がさん! 弓隊、放て!」
逃げる兵士達の背中を弩で射る。一発の矢に数人が貫かれ、100人を超える兵士が倒れた。ヴェステンラント軍の圧勝である。
〇
「閣下、どうやら敵には例のスカーレット隊長がいるようです」
「なるほどな。大した奴じゃないと思っていたが、こういう状況では最悪の敵と言う訳か」
「そのようですね。適材適所とは言ったものです」
「こうなったら私が直接――」
「お止めください、閣下。もう少しご自分の安全を気にしてください。閣下は6,000の部下を率いる司令官なのですよ?」
ヴェッセル幕僚長は捲し立てた。どうやら相当怒っているらしい。
「お、おう。すまんな、ハインリヒ」
「ええ。とは言え、敵にあのような者がいては、歩兵で押し切るのは難しそうです」
「まあいいさ。寧ろ私達が奴を足止めしていると考えればいい。後のことは他の奴らがやってくれるさ」
「それでよろしいのですか?」
「一番槍の名誉くらい譲ってやるさ。ここのことは援軍が到着したら考えよう」
決して機甲旅団だけで戦っている訳ではない。後方から10万の歩兵師団が追いかけてきているのだ。それと合流出来ればこの砦も落とせるだろう。
「私達はここで敵を牽制する。これ以上の攻撃は無用だ」
「はい、分かりました」
スカーレット隊長は任務をよくこなした。が、それだけでゲルマニア軍の勢いを止めることは出来ない。
〇
「申し上げます! 第十二砦、陥落致しました!」
「そうですか。半日は持ちましたが、これでは話になりませんね……。はぁ」
「兵士の損害は少なく抑えられたとのことです」
「ええ。第十一砦に撤退させてください。少しは硬い城ですから」
「はっ!」
スカーレット隊長は足止めに成功しているが、その間にシグルズが猛烈な勢いで軍を進めている。足止めを行うのは困難だ。
「……こうなれば、私が直接出向きましょう。全体の指揮はノエルに任せます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ姉貴。私はそういうのには向いていんだが……」
「マキナを残しておきます。彼女を頼ってください」
まあ実のところ、命令を出せる権威としてノエルが必要なだけで、その能力には大して期待していない。
「クロエ様、私はクロエ様の家臣です。このようなことは――」
「これは命令です。しっかりとノエルを補佐してくださいね」
「……承知しました」
かくしてクロエは単身前線へと飛んだ。が、そのすぐ後のことであった。
「ノエル様、申し上げます!」
「お、おう、何だ?」
「ゲルマニア艦隊が出撃したとのこと! 現在は北上しております!」
「ど、どういうことだ?」
「どこかに上陸を仕掛ける気なのかもしれません。海岸の防衛を強化しなくては……」
マキナは珍しく顔に僅かな焦りを浮かべている。
「上陸って、ただでさえやってられないのに、また他の方向から攻めてくるって言うのか?」
「恐らくは。可能であれば海岸で上陸を阻止したいところですが、厳しいでしょう」
「何てこった……」
ヴェステンラント軍はよく戦っているが、ゲルマニア軍の飽和攻撃を前に、人智の限界というものが見えてきていた。