北伐作戦
ACU2314 6/20 ブリタンニア共和国 エドウィンスバーク
ザイス=インクヴァルト大将と司令部は前線の北上に合わせてどんどん北上する。つい先週落としたばかりのエドウィンスバークに彼はもう到着していた。そして出払っている者を除いた将軍達で再び軍議を開いている。
「さて、北ブリタンニア低地地方の制圧については時間の問題だろう。我が軍にとって障害は、山深い高地地方だ。ここでは我々の行動は相当に制限される。機甲旅団が通れる道も僅かであるのは、クロムウェル護国卿に確認済みだ」
大将は煙草を吹かしながら軽く戦況を確認する。山岳地帯の道路事情は平野部とは比較にならないほどに悪く、敵が思いもよらない道から侵攻するといったことは不可能である。
「従って、我々は敵が防備を固める要塞に真正面から殴りかからねばならない。これは大いに問題だ」
敵は万全の備えを整えている。これまでのように一筋縄で攻略出来る相手ではないだろう。
「しかし我が軍にとって有利な点もある。山岳地帯の土地は極めて貧しく、人口も希薄だ。これでは外国の兵を支えることもままならないであろう」
「はい、閣下。事実として、ヴェステンラント兵は本国へと撤退を開始しているようです」
「然り。兵力差は今より更に開くであろう」
とは言え、寡戦と言えば山岳地帯でのゲリラ戦。これまでより厳しい戦いが繰り広げられることは間違いないだろう。
「閣下、敵はどれほどの兵力を維持出来るのでしょうか?」
「精々15,000が限度だろう」
それでも、人口8,000万の日本で例えれば、いきなり240万人の外国人の食糧や住居を提供しろと言われるようなものだ。かなり無理をしているだろう。
「対して我が軍は最大で50万を投入することが出来る。これだけの兵力差があれば、力押しで勝てないこともない。とは言え、犠牲は最小限に抑えたいものだ。そこで諸君、何か案はあるかな?」
勝てない戦ではないが、より完璧な勝利を掴みたい。それがザイス=インクヴァルト大将の要求だ。
――何となく甲州征伐に似たものを感じる。
圧倒的な兵力差があり、敵は山地に立て籠る。この状況、史実の織田家が武田家を滅ぼした甲州征伐に似ている。シグルズはそう思い至った。ここの高地地方の大きさも、地球の武田領と同じくらいの大きさである。
そしてこの戦い、結果は僅か1ヶ月で武田家が滅亡するというものであった。それを再現出来ればよいのかもしれない。
「――閣下、よろしいでしょうか」
「ああ。何でも言ってくれ」
「敵を瓦解させる最もよい方法は、敵が全く状況に対処出来ない程の攻撃を行うことです」
「そうだな。それは王道だ」
史実では織田、徳川、北条から一斉に殴られ、抵抗という抵抗も出来ないまま、武田家は壊滅した。それはどんな時代でも有効な戦略である筈だ。
「ですので、可能な限り多方面から同時に攻撃を浴びせればよいかと。陸からの攻撃は当然として、海からも兵力を上陸させ、一挙に進撃させましょう」
「なるほど。よい策だ」
敵の兵力では全ての国境線を防衛することなど不可能だ。必然的に、主力部隊を内陸に固めておき攻め込んできた敵をその都度撃退する、内線戦略を採らざるを得ない。
そこで敵の対処が間に合わないほど多方面から同時多発的に攻勢をかければ、ヴェステンラント軍は一気に崩壊するだろう。これがシグルズの作戦である。
「ハーゲンブルク少将、兵力を分散しては、せっかくの優位を捨てることになってしまうのではありませんか?」
「山地で戦うとなれば、例え100万の兵を用意しようと、実際に戦闘に加われるのは精々2、3千なものです。大兵力を用意して一気に投入しても、ほぼ全てが遊兵になってしまいます。であれは、最初から兵力を分散させた方が効率的に運用出来るかと」
「分散させた部隊が各個撃破される可能性は?」
「それは確かに、考えられなくはありません」
それはヴェステンラント軍の作戦が成功するということだ。
「ですので、敵が冷静に対処出来ないよう、迅速に制圧を進める必要があります。これについては、機甲旅団にお任せを」
せっかく戦車があるのだ。電撃戦をしないと勿体ない。信長とグデーリアンの戦略を融合させるとは、なかなか子供心をくすぐるものである。
「それはつまり、機甲旅団だけが突出して進攻する、ということですか?」
「はい、そうなります。機械化された部隊の速度を活かす、もっともよい方法です」
「本当に、たったそれだけの兵力で進軍など出来るのですか?」
「占領を行うのは後からついてくる歩兵でよいのです。機甲旅団は敵軍を撃滅し、前へ前へと進むのが仕事です」
「はぁ……」
そう言えば、これまで本格的な電撃戦をゲルマニア軍は未だに経験したことがない。機甲旅団だけを突出させるという発想はあまり受け入れられないようだ。まあ無理もないが。
「どうでしょうか、閣下。僕の作戦であれば、敵に抵抗を許すこともなく殲滅出来ます」
「ふむ。私も君の作戦は気に入っている。大筋はそのような方針でいこうか」
どうやらザイス=インクヴァルト大将には理解してもらたようだ。