エボラクム防衛戦Ⅱ
さて、エボラクムを攻撃するヴェステンラント軍を率いているのは赤の魔女ノエルである。
「殿下、申し上げます! 市内に進攻した部隊が次々と撃退されております!」
「撃退? 何がどうなってるんだ?」
「そ、それが、新型の銃を片手に突っ込んでくる頭のおかしい兵士共がおりまして、それらに尽く打ちのめされております!」
「あー、そう言えば、ゲルマニア兵でそんなことをしてくる馬鹿がいるって、報告にあったな。誰だった?」
「ヒルデグント・カルテンブルンナー大佐ですよ、ノエル様」
ノエル第一の家臣、眼鏡をかけた魔女ゲルタは答える。ヒルデグント大佐の勇猛なことは、ブリュッヒャーの戦闘で既に知れている。
「じゃあ、そいつが守ってるのか?」
「その可能性が高いと思われます」
「なるほどねえ。じゃあ、そいつを殺りに行くか」
「ノエル様が自ら出るのはあまりお勧め出来ませんが……」
「敵に面倒なのはいないんだ。今のうちに殺っちまった方がいいだろう?」
「……分かりました。ではそのようにしましょう。私もお供しますので」
「おう。頼りにしてるぞ」
かくして赤の魔女が久しぶりに全力の魔法を使う。
〇
「大佐殿! 強力な魔導反応を確認しました! 赤の魔女です!!」
「なるほど……レギオー級の魔女が来るとは想定外ですね。で、どこに向かっているんです?」
「こ、ここです! 敵はここに向かっています!」
「私を殺したいんでしょうか。であれば、受けて立ちましょう」
「あ、相手はレギオー級ですよ!?」
「まあ、赤の魔女なら何とかなりますよ。一先ず、迎え撃てる場所に移動します」
「迎え撃てる場所?」
ヒルデグント大佐は説明する時間も惜しんで市内に引き返し始めた。そして友軍の装甲車が居並ぶ間に陣を敷いた。
「もしや、装甲車の対空機関砲ですか?」
「ええ、その通りです。対空機関砲で赤の魔女を迎撃します」
装甲車は重騎兵との戦いでは貧弱であるが、備え付けられた四連装対空機関砲は、空を飛ぶ魔女に対して依然として有効な武器である。
「赤の魔女、市内に侵入しました!」
「はい。確認しました。総員、射撃用意!」
派手な赤いドレスを来たノエルの姿はよく見える。彼女はヒルデグント大佐目掛けて一直線に飛んで来た。供回りの者が1人いるようだ。
「射程に入ります!」
「ええ。全軍、撃ち方始めっ!!」
居並ぶ30基ほどの対空機関砲が一斉に火を噴いた。人間に当たれば軽く手足がもげる弾丸を一気に数万と、たった2人の人間に対して叩き込むのだ。
が、その攻撃は通用しなかった。
「か、壁が……」
「壁ですね……」
ノエルの前に数枚の鉄の壁が浮かび、砲弾を防いでいた。機関砲でも全く破れそうもない。
「まさか、白の魔女もそこに……?」
「いえ、それはないでしょう。魔法を使った時点で魔導反応が出る筈です。レギオー級には及ばないものの、面倒な力を持った魔女がいるようです」
遠くから狙撃するのでは意味がなさそうだ。ヒルデグント大佐は一旦射撃を止めさせた。
「奴が来ます!」
ノエルは機関砲からの射撃が止むと、たちまち地上に向けて急降下する。
「突撃銃で四方から射撃し、あれを仕留めます! 撃て!!」
地上ギリギリにまでノエルを引き寄せ、四方八方から突撃銃の銃弾を浴びせる。そうすれば魔女の盾でも防げない筈だ。
ノエルはそんなヒルデグント大佐の考えも知らず、地上から十パッススほどまで降下した。
「撃ち方はじ――クッ!」
大佐の射撃の号令より僅かに先んじて、ノエルは陣地を覆い尽くす巨大な炎を放った。炎は装甲車の間を這い回り、兵士達に襲いかかる。とても射撃どころではない。
ヒルデグント大佐は炎の届かない装甲車の陰に隠れるが、多くの兵士が炎を浴びて戦闘不能になってしまう。
「あれを近づけたのが間違いでしたか……。機関砲、赤の魔女を撃て!」
「だ、ダメです! 砲身が赤熱して撃てません!」
「ば、馬鹿なっ……」
敵の連携は見事であった。正面の機関砲からの攻撃は盾で防ぎ、盾の間に合わない方向の機関砲は炎に炙られ、射撃不能にされてしまった。そうこうしているうちに対空機関砲は次々と焼かれ、ほとんど無力化されてしまった。
「た、大佐殿……やはりレギオー級の魔女などに喧嘩を売ったのが間違いだったんですよ……」
装甲車に隠れて震えることしか出来ていない。こんな状況では弱音も吐きたくなるだろう。
「何を弱気になっているのですか。まだ負けた訳ではありませんよ」
「で、ですが……」
「活路は必ず開けますよ」
――とは言え、どうしたものか……
この圧倒的な戦況。一体いかにして逆転すべきか。流石のヒルデグント大佐でもすぐには思い付かない。
「出てこないのかい? それとも、もうくたばったのか?」
ノエルはヒルデグント大佐に呼びかける。しかし大佐はその声を無視した。
「ふむ……このまま死んだふりをしておけば帰ってくれるかもしれませんが……それでは私の気が収まりません」
「気が収まらない……」
「そうだ、いいことを思い付きました」
大佐は一つ作戦を思い付いた。