謀反の残滓
ACU2314 5/13 大八州皇國 平明京
ガラティア皇帝アリスカンダルと黄公ドロシアおよび青公オリヴィアは平明京に留まり、両国の利益調整と戦争準備を行っていた。
「ドロシア、平明京の食糧配給が滞っています。何か対策をしないと……」
金陵城の外れの屋敷で、ヴェステンラント軍の上層部は軍議を開いていた。
「食糧? 自力で食べ物を手に入れられない奴は飢えて死ねばいいわ」
「平明京は世界最大の都市です。それを軽んじるのは得策だとは思えませんよ」
少し強い口調で訴えるオリヴィア。平明京の経済力を掌握することは、ヴェステンラントが戦争を継続するうえで必要なことだ。ドロシアはあまり理解していないようであるが。
「そう。ならあなたが勝手にするといいわ。何か必要だったら、ものならくれてや――」
「ドロシア!?」
「殿下っ!!」
ドロシアの胸から突然、長い刀が生えた。刀はすぐ引き抜かれ、ドロシアは力なく椅子から崩れ落ちる。その後ろには真っ白い死に装束を纏った少女が血塗れの刀を片手に立っていた。
「あ、あなたは……曉……」
「ええ、そうよ。私を裏切ったお前達を、私は許さない。お前達をみんな殺して、その後で私も死ぬわ」
曉は死んではいなかった。そして彼女を裏切ったヴェステンラント軍に復讐に現れたのだ。
「つ、捕まえてください! 殺しても構いません!!」
「「はっ!」」
警備に当たっていた魔導兵達が曉に襲い掛かるが、彼らは曉の刀の一振りで切り裂かれ、死体の山を彩るだけであった。
「さあ、次はあなたよ、オリヴィア」
「クッ……こ、ここまで、か……」
曉は守る者のいなくなったオリヴィアにじわじわと歩を進める。その顔には悲壮な笑顔が浮かんでいた。
「オリヴィアを殺させはしない」
「ほう?」
「ね、姉様……?」
青の魔女シャルロット。間一髪で間に合った。オリヴィアと曉の間に立ち塞がる。
「お前ごときにこの私を止められるとでも――なっ……」
「えっ……?」
「あら?」
ドロシアの時と同じように、今度は曉の心臓を煌めく剣が貫いていた。
「だれ、だ……」
力なく倒れる曉の視界に、黒い外套を纏った、彼女より小さな少女の姿が映った。
「余はヴェステンラント女王、ニナ・ファン・オブスキュリテである。最期は余の刃で死ねること、光栄に思うがいい」
「こん、な、奴、に…………」
「所詮はレギオー級の紛い物。この程度か」
かくして大八州を引っかき回した謀反人、長尾右大將曉は死んだ。余りにもあっさりとした死であった。
「それとドロシア、いつまで死んだふりをしているつもりだ?」
「バレて、ましたか……。とは言え、今にも死にそう、ですがね……」
急所はギリギリ外れ、ドロシアは生きていたのだ。
「ほら、治してやろう」
ニナが手をかざすと、ドロシアの傷は塞がり、先程までの痛みが嘘のように消し飛んでいた。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。魔法で治した傷は一日もすれば開くからな。完全に治るまではシャルロットにでも維持してもらえ」
「はい、そうさせてもらいます」
謀反人とその勢力は今や滅びた。ヴェステンラント及びガラティアは、大八州との全面戦争に突入する。
○
ACU2314 5/26 ブリタンニア共和国 エボラクム
「大佐殿、友軍から通信です! 本日中に援軍が到着するとのこと!」
「ふう。やっと来ましたか。思ったより遅かったですね」
ブリタンニア王国を荒らし回っていたヒルデグント大佐は、ヴェステンラント軍の主力部隊が向かってくると知ると、街道の要衝であるエボラクムに立て籠もった。そうして救援が来るのを待つことおよそ半月。ようやくゲルマニア軍主力部隊がエボラクムにまで到達した。
「これで一安心――」
「大佐殿、一大事です! 敵軍が一斉に攻勢に出ました!!」
「……そうですか。どうやら何としてでも私達を消したいようですね」
ヴェステンラント軍は素直に引き下がるのではなく、ゲルマニア軍が後詰に到着する前に決着をつけに来た。何とも引き際の悪い連中である。
「我が方の戦力は、機甲旅団6,000と歩兵師団15,000のおよそ21,000。対して敵は重騎兵4,000を含む12,000。籠城戦ということを考慮しても、本気で戦うのは厳しいですね」
「た、大佐殿……」
「まあ、精一杯戦いましょう。負けたら、その時はその時です」
「我々は、勝てるのでしょうか……」
「現状、私達にとっての勝利とは、友軍が来援するまで時間を稼ぐことです。それだけなら可能性は十分にありますよ」
――まあ負ける可能性の方が高いですが。
敵はベダ決戦で40万対6万で善戦した連中だ。2倍の兵力差も確保出来ていない状況で勝てるものか。地の利があるとしても厳しいと、ヒルデグント大佐は判断せざるを得ない。
「全軍戦闘配置。持ち場は別命あるまで、原則として死守です」
「死守……そこまでする意味は、あるのでしょうか?」
「あります。我が軍が負けたという事実を残すのは、敵を大いに利することになりますから」
ヴェステンラント軍に対して勝ち続けること。これはゲルマニアの戦意を上げヴェステンラントの戦意を下げるうえで重要なことだ。