決戦の結末
ACU2314 5/6 ベダ
「殿下、申し上げます! 重騎兵隊は共に敗走し、突破に失敗致しました!」
「主力部隊の損害大きく、既に二万近くが失われているかと!」
「もう軍勢は瓦解の寸前です! 恐れながら、これ以上の戦いを継続することは、困難であるかと」
「やはり、決戦を挑んだ時点で負けていた、ということですか……」
クロエは冷や汗を浮かべながら報告に耳を傾けていた。各所から届く報告はどれもヴェステンラント軍部隊の壊滅を告げるものばかり。どの部分においてもヴェステンラント軍は大きな損害を受け、何とか戦線を支えているという様子であった。
「クロエ様、ただいま戻りました」
その時、マキナがクロエのすぐ横に姿を現した。
「ああ、マキナ、どうでしたか? スカーレット隊長は……?」
「隊長は無事です。ご心配には及びません」
「ふう……それはよかったです」
スカーレット隊長の生存を聞いて多少は心を落ち着けたクロエであった。
「しかしクロエ様、部隊は敗走してしまいました。残念ですが、作戦は失敗と言わざるを得ないかと」
「ええ、もう報告を受けています。戦局を打開する包囲殲滅作戦でしたが、ここまで機甲旅団が頑強とは思いませんでしたね……。こういう時にオーギュスタンがいてくれれば……」
クロエの作戦は、主力部隊の突撃によってゲルマニア軍の注意を引いた後、重騎兵によってゲルマニア軍を左右から攻撃して一気に壊滅させるというものであった。
しかしその左右にはまるでクロエの頭の中を読んだかのように機甲旅団が配置されており、クロエは突破を試みたが、予想以上に強固な旅団を突破することはついに出来なかった。
「殿下、いかがなさいましょう? このまま戦いを続けていても、我々に利はないかと」
「ええ、そうですね。作戦は失敗しました。全軍を撤退させ、ベダに収容します」
「ゲルマニア軍は、追ってくるでしょうか……」
「彼らが負った損害も、決して少なくはない筈です。ベダに立て籠る構えを見せれば追っては来ないでしょう」
かくして決戦はゲルマニア軍の勝利に終わり、ヴェステンラント軍残像兵力およそ4万はベダ市内に逃げ帰ったのであった。
そしてゲルマニア軍はクロエの予想通り、彼らを追撃することはなかった。戦いは完全に収束し、両軍は再び膠着状態に入った。
〇
「申し訳ありません、クロエ様! 機甲旅団さえ落とせていれば、我々は勝てたというのに……!」
スカーレット隊長は額が床に着くまで頭を下げてクロエに詫びる。そのクロエは苦笑いするばかりであった。
「右翼の方でも失敗しているのですから、あなたのせいではありませんよ」
「右翼というと、ノエル様ですか。ノエル様ですらご失敗を……」
「す、すまない姉貴。私も謝っておいた方がいいか?」
「いえ、その必要はありません。しかし……機甲旅団とは、いつの間にか手の付けられない存在になっていたようです。私達の切り札である重騎兵ですら勝てないとなると、いよいよどうしようもありませんね、ははっ」
「クロエ様……」
クロエは自嘲気味に笑う。ヴェステンラント軍に機甲旅団を倒すことは最早不可能であると証明されてしまったのだから。
「し、しかし殿下、奴らがそのような部隊を持っているのならば、このベダにも攻め入ってくるのではありませんか?」
「どうでしょうね。まあ、ベダには弩砲が多数置かれています。ゲルマニア軍も攻め込んでくる可能性は低いとは思いますね」
「それならよいですが……」
実際、ゲルマニア軍に攻め込んで来る気はなさそうだ。
「さてクロエ様、この後を考えなくてはなりません。今回の決戦に勝てなかった以上、戦略構想は破綻してしまいました」
「え、ええ、そうですね、マキナ。こうなってしまった以上、戦略を変更する必要があります」
南のゲルマニア軍に打撃を与えた後にブリタンニア王国の救援に向かう。それがクロエの戦略であったが、初手のゲルマニア軍に打撃を与えるというところに失敗してしまった。
「……えー、我が軍の損害は大きく、部隊を分割してブリタンニア王国の支援に回すことは不可能です。つまり南と北のどちらかしか守れない訳ですが、ブリタンニア王国を失えば戦争を続けられません。であれば、選択肢は一つです」
「全軍を挙げてブリタンニア王国の救援に向かう、ですか」
「はい。その通りです」
「で、ですが、それはほとんどの占領地を放棄するということでは?」
スカーレット隊長はおずおずと問う。クロエのやろうとしていることはつまり、南部と中部を放棄して北部に引き籠るということだ。
「ええ、その通りです。前線をかなり後退させることになります」
「それで、本当によろしいのですか? この戦争の成果を放棄するというのは……」
「今必要なのは、とにかく時間を稼ぐことです。それに必要なのは、決定的な敗北を回避し続けることです」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「これで、決定です。迷っている暇はありません。さあ皆さん、ブリタンニア王国の救援に向かいます。ベダを発つ準備をしてください」
ヴェステンラント軍は戦争の主導権を全く失っていると言わざるを得ないだろう。