決闘の結末
「……すみません死んでください!」
「何っ!?」
ヴェロニカは気配を消してスカーレット隊長のすぐ後ろに忍び寄り、そして彼女の背中に長いナイフを突き刺した。
「こ、この……卑怯、者…………」
胸を刺し貫かれたスカーレット隊長は力なく倒れた。溢れ出した血がたちまち血溜まりになった。
「ヴェロニカ、よくやってくれた」
「は、はい。しかしあまり嬉しくはないですね……」
「お前は何も気にするな」
そう言いながら、オーレンドルフ幕僚長は倒れたスカーレット隊長の身体を起こした。
「おい、生きてるか?」
「っ…………」
僅かに喉を震わせるスカーレット隊長。死にかけているのは間違いない。
「まだ生きているようだな。であれば、生かしておいた方が使い道がある」
オーレンドルフ幕僚長は紫に輝く魔法の杖をスカーレット隊長の傷口に向ける。すると彼女の傷は塞がり、血は止まった。スカーレット隊長は辛うじて意識を取り戻した。
「な、何のつもりだ……?」
「前と同じだ。生きて捕虜にすればまたヴェステンラント軍との――いやクロエとの交渉に使える」
「ふ、ふざけるな……!」
スカーレット隊長は反射的にオーレンドルフ幕僚長を斬りつけようとするが、彼女の手には最早剣は握られていなかった。逆にオーレンドルフ幕僚長は彼女の首元に魔導剣を突き付ける。
「無駄な抵抗は止めろ」
「クソッ……」
「さて、ではヴェステンラント軍に貴殿が捕まったことを教えてやるとしよう」
「勝手にしろ。これは私の決断の結果だ」
「物分かりの良いことだ」
スカーレット隊長が捕まったと言う情報はすぐさまヴェステンラント軍に広まった。それはヴェステンラント軍の崩壊も始まりであった。
○
「少将閣下! 敵が、敵が退いているようです!」
「そのようだな」
ゲルマニア軍と泥沼の戦いを繰り広げていたヴェステンラント軍は、ある時突然戦意を失い、戦場から離脱を始めた。
「報告です! オーレンドルフ大佐殿、スカーレット隊長を捕縛したとのこと!」
「そういうことか。前時代的な軍隊はこれだから」
スカーレット隊長が敵の手に落ちたことを知り、重騎兵隊の士気が一気になくなったようだ。前時代的な軍隊の最大の弱点がこれだろう。指揮官が失われたらそれに代われる人間がいないのだ。
「どうやら、その点で余裕があった僕達の勝利のようだな」
「追撃はなさいますか?」
「やめておけ。僕達も消耗が激しい。まずは怪我人の収容と被害の把握だ」
「はっ!」
勝ったは勝ったが、第88機甲旅団の受けた損害は非常に大きなものであった。シグルズの周りには破壊され炎上している戦車の残骸ばかりが並んでいる。
「それと、オーレンドルフ幕僚長に連絡。スカーレット隊長はすぐに司令部に護送するように」
「はっ!」
かくして敵の指揮官を生け捕りにする大勝利、とはいかないらしい。
○
「ほら、お前はまた捕虜になったんだ。大人しくついてこい」
「言われなくてもそうする」
スカーレット隊長は魔導装甲を脱がされた貧相な恰好で、オーレンドルフ幕僚長に運ばれていた。ここで抵抗するのはスカーレット隊長の美学にはそぐわないらしく、オーレンドルフ幕僚長の指示に全く背かずてくてくと戦場を歩いていた。
「残念だったな。ヴェステンラント軍はまた目的を果たせなかった。今や我が軍に対して負ける一方だ」
「今は軍備が整っていないからだ。いずれ兵力を揃えて、目にもの見せてくれる!」
「果たしてその時が来るかな。ブリタンニア島もそろそろ解放されそうだが」
「それは……」
スカーレット隊長も内心では勝てないことを知っていた。本国が遥かアトランティス洋の向こうにあるヴェステンラントとすぐそこにあるゲルマニアとでは、余りにも条件が違う。一度劣勢に立てば挽回するのは困難であると。
と、その時だった。
「大佐! 何か来ます!!」
ヴェロニカが叫んだ。
「何?」
「離れて!」
「わ、分かった」
ヴェロニカの声の気迫に圧され、オーレンドルフ幕僚長はスカーレット隊長を置いて10パッスス程度飛び退いた。そして見ると、スカーレット隊長の目の前に戦場には全く似つかわしくないメイド服の少女が立っていた。
「ま、マキナ、お前……」
「クロエ様の命により、スカーレット隊長、あなたをお助けに参りました」
「悪いが、その者は我々の捕虜だ。返してもらおうか」
「……返して欲しければ、私を殺して奪い取って下さい。出来ますか?」
マキナは魔法で長剣を作り出し、オーレンドルフ幕僚長に向けた。
「剣を魔法で作れるのか……やはりレギオー級に匹敵すると噂なだけはあるな」
「どうしました? 来ないのですか?」
「いや、遠慮しておこう。どうやら私の方が殺されそうだ」
「そうですか。では行きますよ、スカーレット隊長」
マキナはスカーレット隊長に魔法の杖を渡した。マキナとスカーレット隊長は飛び立ち、たちまち空に消えてしまった。
「よ、よかったんですか? 逃がしてしまって」
「あの少女と本気で殺しあったら私の方が死んでいただろうからな」
「そうでしょうか……」
ヴェロニカはいまいち腑に落ちなかった。