ベダ決戦
ACU2314 5/6 ベダ近郊
ゲルマニア軍はベダ近郊に展開した陣地はそのまま、両端に機甲旅団を配置し、ヴェステンラント軍の攻撃に備えている。ゲルマニアから手を出す必要はない。待っていれば敵が勝手に突っ込んできてくれる。
シグルズ率いる第88機甲旅団は右翼に位置し、敵の襲来を今か今かと待っていた。
「しかしシグルズ様、どうして私達はこんな端っこに配置されたのでしょうか。真ん中の方が手薄だと思うのですが……」
ヴェロニカは機甲旅団がこんな何もないところに配置されたことに疑問をもっていた。
「うーん、まあ中央もそんなに手薄ではないんじゃないかな。既に対人焼夷弾の射線が張り巡らされているからね」
「あ、確かに」
対人焼夷弾は引火の危険があり戦車には積めないが、防御に用いればかなり強力な兵器だ。
「ということは、対人焼夷弾の射程外である陣形の両端が一番危ない、ということですか?」
「まあ、そういうことだね。両端は対人焼夷弾の十字砲火が行えない。だから敵がここから切り崩しにかかってくる可能性が高い」
「それで私達が配置された、ということですね」
「その通りだ。まあ僕達が楽出来る訳がないってことだね」
「ですよねぇ……」
という訳で第88機甲旅団は陣形の外側に戦車を向けて、敵の攻撃に備えている。
〇
「シグルズ様、敵軍が出撃しました!」
「ついに来たか。敵の陣形は?」
「それがどうやら、およそ六万の全戦力が我が軍の真正面に展開しているようです」
「重騎兵も含めて?」
「そのようです」
「そうか。まるで大昔の合戦みたいだな……」
側面から叩いてくるとのゲルマニア軍の予測に反し、ヴェステンラント軍は重騎兵を含む全戦力をゲルマニア軍に真正面から相対するように展開している。これは敵の意図が全く分からない。
「師団長殿、どう見る?」
オーレンドルフ幕僚長は問う。
「さあ、まったく分からん。ヴェステンラント軍は真正面には焼夷弾が降り注ぐことを知っている筈なんだが……」
「焼夷弾とて、敵が決死の覚悟を決めれば突破出来ないものではない。やもすれば玉砕覚悟でこちらに切り込もうとしているのかもしれないぞ?」
「確かに、これまで彼らは焼夷弾から逃げてばかりだったか」
ヴェステンラント軍には早々に逃げられ、対人焼夷弾がどこまでの接近阻止能力を持つのか、実の所ゲルマニア軍は分かっていない。彼らが犠牲と炎を恐れずに突撃してきた時、それを阻止出来る保証はないのだ。
「だが、例えこっちに大損害を与えたとしても、彼らの本来の目的はブリタンニア王国の救援の筈だ」
「我々が北に展開している戦力は僅かだ。多少の生き残りさえいれば十分なのだろう」
「そういうものか……」
何とも納得いかない感情を燻らせつつも、シグルズはその場で待機していた。ヴェステンラント軍は騎兵を前面に押し出しその後ろに歩兵を配置した、特に芸のない陣形でゲルマニア軍と睨み合っている。
「シグルズ様、こ、このまま戦いが始まったら、私達は何も出来ないのではありませんか?」
「そうかもしれないが……」
今のところ機甲旅団は蚊帳の外である。このままヴェステンラント軍が真正面に突撃を開始すれば、完全な遊兵となってしまうだろう。
「まあその時はその時で敵を横から突けばいいと思うけど……」
「師団長殿、どうする? 動くか、動かないか?」
「それを決めるのは僕達じゃない。大将閣下だ」
非常時なら別だが、今はまだその時ではない。シグルズはザイス=インクヴァルト大将に伺いを立てた。
○
『――なるほど。君の懸念はもっともなものだ』
「はい。それで、第88機甲旅団はここで突っ立っていてよろしいのですか?」
『よい。だが動きたくなったら動いても構わない。その辺りは君の裁量に任せよう』
「し、承知しました。それでは」
ザイス=インクヴァルト大将からの命令は『勝手にしろ』であった。責任を放棄した何とも酷い命令である。シグルズが決断しないといけないのだから。
「大将閣下は何をお考えなのだ?」
「さあ、僕には分からない」
「師団長殿は聞いていないのか?」
「大将閣下はそんなに暇じゃない」
ザイス=インクヴァルト大将が何を思ってそう命令したのかは、聞く前に通信が切られた。
「シグルズ様、敵軍が前進を始めました!」
「どうやら、始まったようだな」
「そう、か……」
中央のヴェステンラント軍は行進を開始した。本気でやる気のようだ。数百の重砲が待ち構える陣地への突撃を。
「敵軍、突撃を開始! 戦闘が開始されました!」
戦いはシグルズには縁のない場所で始まった。ヴェステンラント軍の騎兵が果敢に突撃を開始。魔導弩で矢を撃ちかけながら、戦車や装甲車、そして塹壕で固められた陣地に突入する。
対してゲルマニア軍は対陣焼夷弾による砲撃を開始。そこら中で黒煙が上がり、ヴェステンラント軍が炎に吞まれているのがここからでも分かる。
「シグルズ様、敵は盾を持ち、また炎を掻き消す魔法を惜しみなく投入している模様です!」
「本気で攻めようとしているのか……」
「師団長殿、どうする? ここで我々が動けば、敵の側面を突くことが出来るぞ?」
「それは……」
兵法の常道からすればそれが正しいだろうが、果たしてそれでよいのか、シグルズは選択を迫られている。