我慢の限界
ACU2314 5/4 王都カムロデュルム
「――ここまでしても動く気配がないか」
「珍しくお困りのようですね、大将閣下」
オステルマン中将はザイス=インクヴァルト大将と再び話し込んでいた。
「そうだな。北への補給路をこちらだけが握っていると知らしめても、ヴェステンラント軍は動じすらしない。これはどうやら、私の予想を超えた忍耐力を連中が持っているようだ」
「まあヴェステンラント軍も連戦連敗ですからね。過度に慎重になるのも無理はないでしょう」
「確かにな」
春作戦からおよそ一年間、ヴェステンラント軍は負け続け、エウロパ大陸の拠点を失い、ブリタンニア島にすら攻め込まれている。彼らが慎重に――或いは臆病になるのも無理はないことだろう。
「それで、次の策はあるのですか?」
「ない。が、今思い付いた」
「はぁ」
「今度こそ奴らを引きずり出してやろう」
「閣下も慎重さを失わないようにしてくださいね」
「無論だ」
かくしてザイス=インクヴァルト大将の思い付きの作戦が始動する。
○
ACU2314 5/7 ベダ
「殿下、一大事です! 北方に上陸したゲルマニア軍が、ブリタンニア王国に侵攻を始めました!!」
「ほ、本当ですか? そんな馬鹿な……」
総数で4万程度の孤立したゲルマニア軍。それが北部のブリタンニア王国に対して侵攻を開始したと言うのである。
「間違いありません! それに加えて王国はゲルマニア軍から宣戦布告されております!」
「宣戦布告、ですか。ゲルマニアもふざけたことを」
これ見よがしとは正にこのこと。ゲルマニア軍は明らかに、ヴェステンラント軍に見せびらかすように行動している。
「敵の狙いはまあ、私達をベダから引きずり出すことでしょうね」
「たったの4万人程度が援軍もなく攻め込んだところで意味があるとは思えません。放置でよろしいのでは?」
スカーレット隊長は言う。確かにブリタンニア王国に全く兵士がいない訳ではないし、ブリタンニア島の3分の1とは言え、たった4万の兵でそれを制圧するのは不可能だ。
「まあそれもそうですが、問題はブリタンニア王国が軟弱だということです。彼らがクロムウェル護国卿並みの能力を持っているのなら問題ないですが――」
「クロエ様、ブリタンニア王国が救援を求めてきています。それと、敵はどうやらエドウィンスバークを目掛けて進軍しているものかと」
マキナがすぐに情報を持ってきた。エドウィンスバークはブリタンニア王国の王都が臨時に置かれている都市である。そしてその王都に攻め込まれ、ブリタンニア王国は無様に救援を求めて来たのだ。
「はぁ、まったく、困りましたね。あの国王なら敵軍が王都に入っただけで降伏しかねません」
「それは困りますね……。私達が戦争を続ける大義がなくなってしまいます」
「大儀なんて最初からないですが、ブリタンニア人勢力の支持を完全に失うのは問題ですね」
ブリタンニア王国の協力は戦争を遂行するにあたって不可欠なものである。それがゲルマニアに降伏でもしたら、クロエは窮地に立たされることだろう。
「それではやはり、ブリタンニア王国の救援に行かれるのですか?」
「ええ、そのつもりです。しかし、私達が動けば南のゲルマニア軍が攻めてきます」
「では、先にゲルマニア軍を叩くのですね!」
「ええ。ゲルマニア軍の思惑に嵌められた訳ですが、そうせざるを得ないでしょう。決戦を挑みます」
兵力を分割して救援部隊を捻り出すという手もあるが、それでは兵力が分散したところを各個撃破される危険が大きい。よって、まずはゲルマニア軍主力部隊と決戦を挑み、大きな損害を与えて動きを封じた後に北の救援に向かう。
クロエにはこのくらいの作戦しか思い付かなかった。
「ブリタンニア王国にも一応我が軍の部隊があります。彼らには国王を連れて北に避難するよう伝えてください。時間稼ぎです」
「はっ」
「では全軍、戦闘に備えてください。決戦です」
「「はっ!!」」
かくしてクロエは不本意ながらゲルマニア軍との決戦に挑むのであった。しかも敵を撃破すべくヴェステンラント軍から攻撃を仕掛けなければならないという悪条件である。
〇
ACU2314 5/5 首都カムロデュルム
「ついに来たか。やれやれ、苦労をさせてくれる」
ザイス=インクヴァルト大将はご満悦の様子で葉巻を吸っていた。
「いよいよ決戦ですね。勝てますか?」
オステルマン中将は遠慮なく尋ねる。
「我々は守りを固め、敵が攻め込んでくるのを撃退すればよいだけだ。楽な仕事だとも」
「まあ、そうですね」
「ただしオステルマン中将、第18機甲旅団には働いてもらうが、君は無茶はしないでくれたまえ。また大怪我でもされたら私が困る」
「ええ、分かっていますよ。私も流石に、腕をもう一本は失いたくありませんから」
流石に両腕を失うのは困るオステルマン中将である。
「それでよい。機甲旅団は今回、軍団の両端に配置する」
「両端ですか」
「ああ、端っこだ。恐らく激戦地はそこになるであろうからな」
「分かりました。それでは働いて参ります」
「頼んだ」
ザイス=インクヴァルト大将には当然、戦いの流れは読めていた。