明智の逆襲
「殿下、また敵襲です!」
「ふん、大したことはない。とっとと消しなさい」
市街地に入ってからと言うのも、家屋に隠れ潜んだ武士達が散発的に連合軍に襲撃を仕掛けて来た。しかしその数は三桁にも届かないもので、簡単に撃退することが出来た。
「こんなみみっちい時間稼ぎしか出来ないなんてね。大八州人も地に落ちたものね」
「敵は所詮は賊軍です。こんなものでは?」
「それもそうね。賊の真似しか出来ない奴らなんて敵ではないわ。このまま進軍しなさい」
「はっ!」
大八州勢の襲撃は、連合軍の進撃を精々一日遅らせる程度の効果しかなかった。水堀を適宜破壊しながら前進し、次の日にはドロシアは第三の城門付近にまで到達していた。
「まったく、大したことないわね」
「はい。このままいけば、一週間も掛からずに金陵城を落とせそうですな」
「まさか、こんな簡単に行くとはね。全軍、進め! 城門を突破する!」
ドロシアは総攻撃を開始した。大八州兵の射撃をファランクスの長槍で打ち払い、ヴェステンラント兵は一気に城門まで駆け抜ける。が、その時であった。
「じょ、城門がっ!!」
「開いた!?」
突如として城門が開け放たれた。そしてその後ろに姿を現したのは、煌めく甲冑に身を包んだ数百の武士であった。
「者共、かかれいっ!!」
「「おう!!」」
大八州兵はヴェステンラント兵を視界に入れるや否や、一直線に突撃を開始した。まさか向こうから門を開け放つとは考えておらず、動揺した魔導兵達の群れの中に、たちまち武士が突入した。混戦に持ち込まれ、秩序だった抵抗は出来ない。
「で、殿下! ご命令を!」
「混戦に持ち込まれるのはマズい! 前線部隊はそのまま、他は直ちに下がれ! 後方で陣を立て直す!」
最前線で混乱に巻き込まれている兵士は見捨て、後方でもう一度陣形を組む。数に余裕があるヴェステンラント軍だからこそ出来る戦術である。が、それも明智日向守の予想の範疇なのだ。
「殿下!! 敵が後ろに現れました! ガラティア軍が左右から襲われています!!」
「何!? 数は!?」
「一千ほどかと思われます!」
「クソッ。これまでのは演技だったか」
先日の散発的な抵抗は、ヴェステンラント軍を城内へと引き寄せる為の囮だったのだ。それは数も少なく、ファランクス隊であっても十分に対抗出来たが、ここまで纏まった数に襲われれば、正面以外からの攻撃には脆弱なファランクスでは持たないだろう。
予想通り、両側面から攻撃を受けたファランクスはたちまち総崩れになり、統制を失って四方八方に逃げ出し始めた。
「やられた……。これじゃあ下がることすら出来ないわ!」
後方のガラティア軍が邪魔になってヴェステンラント軍は体勢を立て直すことすら出来なかった。今や連合軍は三方から包囲され、完全に袋の鼠と化してしまっている。
「わ、我が軍は、崩壊しつつあります!!」
「言われなくても分かってるわよ! ……こうなったら、逃げるしかないわ。全軍撤退! 城門まで引き返せ!」
「はっ!」
幸いにして後方は包囲されていない。ただ逃げるだけなら可能だ。ヴェステンラント軍は統制の取れた僅かな部隊だけで脱出を図り、敗残兵のようになった兵士達も命からがらといった様子で安全圏である第二の城門の外側へと脱出したのであった。
「クソッ……してやられた」
「し、しかし、兵の損害自体はそこまで大きくないようです。不幸中の幸いといったところ、ですかね」
「違うわよ。敵は私達をあえて逃がした」
「わざと……?」
「完全に四方を包囲してしまえば包囲網の中の兵士は死兵となって死に物狂いで抵抗する。それでは敵も味方も大きな損害が出る。包囲する側の方が戦力で勝っているのならそれでもいいけど、今回はそうではないからね。これも敵の作戦の内よ」
完全に包囲してしまうと包囲をする側にも損害が出る。兵力で劣勢な大八州軍はそれは避けたかったのだろう。ともかく連合軍の作戦は失敗し、敗退を余儀なくされたのであった。
○
「――そうか。主力部隊が負けたか。であれば、他もダメだろうな」
報告を受けたアリスカンダルは何ということもなさそうに呟いた。
「で、では……」
「ああ。一度全軍を市街地から撤退させよ。これでは埒が明かない」
「はっ。直ちに」
市街戦というものにはガラティア軍もヴェステンラント軍も慣れていない。特にガラティア軍の装備は市街戦との相性は最悪だ。このまま策も練らずに攻め込むのは得策ではない。
「さて、どうしたものか」
「敵が後方に隠れていたのですよね? であれば、市街地を確実に制圧しながら進軍すればよいだけの話では?」
「それは無理だな。市街地は広く、地下にも空間が広がっている。地図もない我が軍が敵の隠れ場所を全て探し出すなど不可能だ」
「そ、そうですね……」
平明京は二百万の人が住む巨大な都市だ。これを隅から隅まで探し尽くせと言うのは無理な話である。
「二、三倍の兵力があれば無理やり力押しでも勝てたのだが、ないものねだりはするものではないな」
「は、はぁ」
「こうなったら、次の策を用いるとしよう」
「次の策?」
「ああ、そうだとも」
アリスカンダルは笑った。