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ヴェステンラントと大八州

 大八洲側は既にドロシアが曉を見限って城を奪い取ったことを知っている。


「私達の要求はただ一つ。私達が城から出て邁生群嶋に撤兵するのを邪魔しないこと」

「ほう。それでお前達は何をくれるのだ?」

「私達が城から出れば、内地にあなた達を脅かす敵はいなくなる。あなた達がその恩恵に預かること、それが私達の支払う対価よ」

「確かに。鉢ヶ山城は目下、内地における唯一の敵方の城。されど、戦艦を擁する我らがお前達を武力で以て討ち果たすのは容易いこと。わざわざ三万もの兵を逃がしてやる道理はない」


 やろうと思えばいつでも滅ぼせるのだから、対価もなしに逃がしてやることなど出来ない。実際の戦力はともかく、晴政はそう主張する。


「本当かしら? 城の縄張りは山々を跨るようにして広がっている。戦艦の大砲でも狙えないところは無数にあるわ」

「天守や兵糧庫など、重要な建物が海から狙い撃てることは既に確認しておる。城の図面くらい我らも持っておるからな」

「天守なんてただの置物。蔵が焼かれたところで中身を持ち出しておけばいい話よ」


 どうやらドロシアも晴政も折れる気はないらしい。こんなものは交渉ではなくただの言い争いだ。


「――分かった分かった。ならば受けて立つ。存分に攻めてくるがいいわ。尽く打ち払ってやるから」

「そうかそうか。まあ今から戦を構えてもよい。が、お前達の負けは決まっておる。俺はそんな下らない戦の為に無駄に兵を死なせたくはない」

「だったら、私達は城から出たいんだから、とっととそうさせてくれればいいじゃない」

「それとこれとは話が別だ。それではこれまで死んできた者共が浮かばれぬ」

「…………」

「…………」


 互いに感情的な部分が邪魔をして理性的な会話が出来ていない。これを最も丸く収める方法は一つだけだ。


「あー、ドロシア様、申し上げてもよろしいですか?」


 シグルズはさっと手を挙げる。


「ええ。何かしら?」

「ドロシア様は頑なに対価を支払うことを拒絶しておられるようですが、その中身も聞かずに断るは理に適わないことであるかと」

「……まあ、そうね」


 ドロシアは自らの矜持で対価を拒否していたが、肝心の内容は聞こうとすらしていなかった。


「伊達陸奥守、あなたは何が欲しいの? ものによっては応じないこともないわ」

「そうだな……。ではここにあるお前達の軍船をもらおう。無論、邁生群嶋に行く分を取りはせぬが」

「船……。悪くはない、か」


 その程度、黄の軍勢の主力部隊を無傷で逃がせることと比べれば安いものである。


「……分かった。その要求、受け入れましょう」

「お、そうか。それはよい。では交渉成立だ。とっとと大八州の地から去ってくれ」

「言われなくても」


 かくして交渉は成立し、ヴェステンラント軍が必要最低限のもの以外の軍船を譲り渡す代わりに、全軍の撤退が平和裏に行われたのであった。


 ○


 同日、船室のドロシアに通信が届いた。


『ドロシア様、アリスカンダル陛下からご返事をいただくことが出来ました』


 数日前に送り出した魔女達がアリスカンダルと接触することに成功し、早速返事をもらうことが出来たようだ。


「早いわね。それでアリスカンダルは何と?」

『ガラティアとしては同盟を断る理由はないとのことです。ヴェステンラント側が決定すれば、今すぐにでも同盟を結んでもよいと』

「そう。そこまで首尾よくいくとは思わなかったわ。一体大八州を裏切るのをどうやって説明するつもりなのかしら」

『さ、さあ……それは……』

「何でもないわ。あなた達は引き続きそっちで待機。私は本国に連絡するから、待ってなさい」

『はっ』


 いくらドロシアでも国家と国家の関係を勝手に決めることは出来ない。本国に問い合わせる必要がある。


「――何? 女王陛下がまたいない?」

『申し訳ございません、ドロシア様。女王陛下はまたどこかに行ってしまわれたのです』


 ドロシアは女王ニナと通信を求めたが、通信に出たのはルーズベルト外務卿であった。


「まったく、困ったわね。同盟は陛下の採決が必要なのに」

『ああ、それに関してはご心配なく。事前に女王陛下から宣戦布告と講和以外の外交に関する大権を頂いております』

「何? じゃああんたが認められば同盟でも何でも結べるって?」

『はい。法的には』

「……そう」

『ドロシア様、正式に同盟を結ぶとなれば諸々の条件に双方が合意する必要があり、締結に時間がかかってしまいます。そこで同盟という形ではなく、現地の部隊同士で不戦条約を結ぶのはいかがでしょうか?』

「不戦条約か。悪くないわね。それでいきましょう。どうせ有色人種と永続的に同盟を結ぶ気なんてないのだから」


 あくまで中國を切り取る間だけ、互いに邪魔されることがないようにしたいだけである。ドロシアには元から同盟を結ぶ気などなかった。


『それでは私の名は好きに使って頂いて構いません。どうぞご随意に』

「あっそう。じゃあ好きにさせてもらうわ」

『はい。よき結果をお祈り申し上げます』

「まったく、外務卿の癖に私に丸投げなんてね。まあいいけど」


 その日のうちにドロシアはアリスカンダルと不戦条約を締結し、中國侵攻を決定したのであった。


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