迎え撃つだけなら可能
ACU2314 1/2 ブリタンニア共和国 ベダ近郊
いつの間にか年を越えていたが、ゲルマニア軍もヴェステンラント軍も年中行事などやっている暇はない。カムロデュルムを守り切ったゲルマニア軍は前線を押し進め、ヴェステンラント軍が前線基地にしているベダの近郊に複数の陣地を構築して攻撃の準備を整えていた。
が、当然、ヴェステンラント軍はそれを快くは思わない。
「シグルズ様! 敵軍およそ2,000、ここに向かってくるのを捕捉しました!」
「またか。ちまちまと嫌がらせを。砲撃用意! 重騎兵どもを焼き尽くす!」
陣地の構築を妨害するべくヴェステンラント軍は毎日のように攻撃してくる。だがゲルマニア軍も機甲師団に頼らない重騎兵との戦い方を編み出しつつあった。
「敵軍、射程に入りました!」
「よし。撃ち方始め!」
陣地に多数並べられた野戦砲からは対人焼夷弾が発射される。戦車に搭載すると対人焼夷弾が大きな弱点となってしまうことから、ゲルマニア軍は素早く砲兵にのみ対人焼夷弾を配備することを決定した。幸いにして野戦砲と戦車砲は規格が同じであり、簡単に砲弾を流用することが出来た。
砲弾は同じであるから威力も当然同じだが、戦車砲と比べ3倍ほどの砲身長を誇る野戦砲は遥かに遠くの敵を狙い撃つことが出来る。
「初弾、命中! 奴ら尻尾を巻いて逃げていきます!」
肉眼では最早確認出来ないほどの距離で、重騎兵の上から焼夷弾が降り注ぐ。たちまち百を超える兵士が炎に包まれ、魔女達が必死に救助を行っているようだ。
そして、敵の姿すら見えないのに激しい攻撃を浴びた重騎兵隊は、踵を返して撤退を始めた。
「今回もこれで終わり、か。何がしたいんだ?」
「恐らくは威力偵察だろうな」
オーレンドルフ幕僚長は答えた。
「偵察か。敵からはこっちの姿が見えないのに?」
「我が軍の砲撃が届く範囲を探っているのだろう。もっとも、我が軍の配置に隙は存在しないが」
「そうだな。このまま無駄に兵を散らしてくれるならありがたいが」
ゲルマニア軍は多数の砲撃陣地が互いを掩護出来るように配置されており、そこに一切の隙は存在しない。どの道を通ろうと、ヴェステンラント軍は業火の中を走り抜けなければゲルマニア軍に攻撃を行うことすら出来ないのである。
「対人焼夷弾もこの先拡充されるだろう。守るだけなら問題なさそうだ……」
やっと重騎兵対策が一段落した。シグルズはそれだけで気が楽になる。
「とは言え、状況は好転していないぞ。我が方から攻め込むのは依然といて厳しい。野戦砲の機動力では攻撃には追随出来ないだろう」
「ああ。第88機甲旅団も暫くは動けないし、前線を膠着させておくしかなさそうだ」
大砲というものは結局、防御でしか使えない。重騎兵相手に攻勢を仕掛けるにはもっと新たな兵器、戦術が必要だ。
○
ACU2314 1/3 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム
「――という訳です。クリスティーナ所長、対人徹甲弾の量産を強くお願いしたい」
シグルズはカムロデュルムから帝国の産業を指導しているクリスティーナ所長に直談判をしに来た。シグルズが対重騎兵の切り札と確信し、ザイス=インクヴァルト大将のお墨付きも得ている銃弾――対人徹甲弾。それ自体はただの鋼鉄の弾丸であるから、開発はとうに完了している。
「そう言われてもねえ。砲弾と銃弾の生産はもう手一杯なのよ。戦車も補充いなきゃいけないし」
「では現状が落ち着けば量産は開始出来ますか?」
「それも厳しいわね。小銃弾と拳銃弾、2種類の銃弾を生産しているってだけでも十分な負担なのに、それぞれに合わせて更に2種類の銃弾を生産するなんて、体制を整えるのに相当な時間がかかるわ」
銃弾の数は可能な限り少ないほうがよい。その方が単一の工場で大量生産が可能だからだ。その点、いきなり対人徹甲小銃弾、徹甲拳銃弾の生産を行うのは、いくらクリスティーナ所長でも不可能と言わざるを得なかった。
「そうですね……。ではルシタニアに銃弾の生産を委託するというのはどうでしょうか? それなら帝国の生産力に負担は掛けないのでは?」
「ルシタニアに? まあ確かに、銃弾くらいな作れるだろうし、実際作って来たけど」
ルシタニアがヴェステンラントに抵抗していた頃、彼らの武器はゲルマニア製のものであったが、弾薬を生産していたのは彼ら自身であった。その能力は決して侮れるものではない。
「でもねえ、同盟国とは言え他国に最新技術を供与するも同然なのよ。あんまり褒められたことじゃないわ」
「対人徹甲弾は完全に対魔導兵用の装備です。寧ろ人間に対する殺傷性は低下しています。問題はないのでは?」
大きな貫徹力を持った徹甲弾は魔導装甲に有効であるが、逆に生身の人間への殺傷力は低い。弾丸が綺麗に人体を貫通し、人体に与える損傷が少ないからである。故に、仮にルシタニアが乱心して裏切ったとしても、ゲルマニア軍にとっては脅威にならないのである。
「うーん、まあねえ。確かに一理あるけど、私の一存でそんなことは出来ないわ。総統官邸と相談するから、ちょっと待ってて」
「ありがとうございます」
クリスティーナ所長としては案外ありだと思っている。