ゲルマニアの総攻撃Ⅱ
「隊長、このまま更に深入りすれば、ゲルマニア軍に三方から囲まれることになります。どうされますか?」
「順調過ぎるのも考えもの、か。だが、敵はまだ我々の攻撃に右往左往している最中だ。更に前進し、周辺の師団を蹴散らす!! 進め!!」
「はっ!」
すぐ近くにいた師団を壊滅させたスカーレット隊長は、更に周辺の師団にも襲い掛かる。既に大混乱に陥っているゲルマニア軍は相互の連携などが取れず、重騎兵の前に各個撃破されるばかりであった。それは戦いと言うより一方的な虐殺にも近い戦いだった。
だが、いつまでも彼らが指を咥えている訳ではない。
「隊長、ゲルマニア軍の戦車が多数接近しています!」
人の波をかき分け、数百の戦車がスカーレット隊長を目指して猛進してきた。
「機甲旅団か?」
「間違いありません!」
「機甲旅団ならば焼夷弾を保有している可能性が高い。魔女隊を配置、各員警戒せよ!」
焼夷弾の炎を消す方法が土であることは分かっている。魔導兵達は盾を並べて後ろに構え、更にその後ろで魔女達が備える。しかし戦車は一向に砲撃を始めず、ただただ全速力で接近してくる。
「焼夷弾を撃つ気はないのか?」
「そ、そのようですが……」
「……そうか。奴ら火炎放射器を持っているぞ!」
スカーレット隊長はすぐに勘づいた。戦車が砲撃をしないのであれば、火炎放射器を装備しているとしか考えられない。
「ほ、本当に火炎放射器ですっ!」
スカーレット隊長の予想通り、重騎兵のすぐ手前にまで接近した戦車は火炎放射器で彼らを焼き払う。たちまち盾や鎧が熱せられ、酸素不足で兵士達が倒れていく。重騎兵は応戦するが、正面からでは戦車に矢は通らない。
「クッ……こいつらを相手に出来るのは水の魔女だったが」
「そ、そのようです」
燃え盛る燃料を付着させる焼夷弾とは違い、純粋に熱で焼き殺さんとしてくる火炎放射器。それに対抗するには単純に周囲を冷やせる水の魔女が必要だった。だがここには極少数しかいない。
「……全軍撤退! このまま離脱する!」
「ほ、本当ですか!? 我々はまだ戦えます!」
「火炎放射器は相性が悪い。奴らに十分な損害は与えた。これ以上を望むのは愚行だ」
火炎放射戦車に睨まれていては重騎兵も満足に動けない。スカーレット隊長は損害が出る前に戦闘から離脱することを決定した。
「全軍、全速力で後退せよ!! ゲルマニア兵になど構うな!」
「「はっ!!」」
道中、ほとんど敗残兵のような有様のゲルマニア兵は無視し、重騎兵隊は戦場を迅速に離脱した。まさに嵐のような戦闘は半刻と経たずして終息したのであった。
「被害はどれほどだ?」
「はい。我が方の損害はおよそ80ほど。ほとんど損害がないも同然です!」
「よくやった。本隊と合流しよう」
「はっ」
二度目の奇襲を成功させ、スカーレット隊長はクロエの本隊と合流すべく馬を走らせる。
〇
「何とか追い返せましたが……我が軍の損害は?」
指揮装甲車の中でぐったりしながら、ヒルデグント大佐は尋ねた。これで精一杯であり、追撃しようなどという気は起こらなかった。まあそもそも火炎放射戦車は攻撃には向いていないが。
「ただいま集計中ですので、もう暫くお待ちください。ですが、友軍の右翼はほとんど壊滅状態です……」
「ただの歩兵師団に重騎兵の相手は無理がありましたか。色々と厳しいですね……」
結局、ゲルマニア軍の右翼5万は1万の死傷者を出し、軍隊としての統制を維持出来る状態ではなくなっていた。
「もう少し救援が早く出来ていれば……」
「仕方ありませんよ、大佐殿。どこから襲いかかってくるか分からない敵に対して我々だけで何とかするなど、最初から無理な話です」
「それはそうですが……はぁ……」
確かに最初から作戦に無理があったが、それにしてももう少しやりようはあったのではないかと思うヒルデグント大佐であった。
「これでは攻勢など無理ですね。大将閣下はどうされるのか」
「あ、大佐殿、司令部から通信です」
「何と言っていますか?」
「作戦は中止とのことです。各師団はその場で待機とのこと」
「そうですか。対人焼夷弾は微妙でしたし、何と言うか、中途半端な戦いでしたね」
「一応、重騎兵に大きな損害を与えることは出来ましたが……」
「まあ確かに。しかし同時に、焼夷弾への対策も練られてしまいました」
焼夷弾の初陣にして、その威力と弱点が両軍に明らかになった。残念ながら、戦局を引っくり返すほどの新兵器とは言い難いだろう。
〇
「クロエ様、ゲルマニア軍が進軍を停止しました」
「そうですか。スカーレットはよくやってくれたようですね」
ゲルマニア軍が大きな損害を負ってこのまま攻め込むことが出来ないのだと、クロエは判断した。
「いかがしましょうか。ゲルマニア軍は今、大きな隙が出来ています。ここで攻めかかれば我が方に利があるとも思えますが」
「いいえ、止めておきましょう。私達も多くの傷を負いました。ここで手打ちにするのが合理的です。ゲルマニア軍もそれを望んでいるようですし」
「……はっ。それではベダにまで戦線を下げましょう」
両軍ともに多くの犠牲を出したカムロデュルムの戦いは、ゲルマニア軍が首都防衛という目的を達したところで終わりを迎えたのであった。