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瓦解する軍勢

「朔様、敵は大いに動揺しているようです」

「わたくしの名前もまだ捨てたものではないのですね……。このまま齋藤勢に呼び掛けを続けましょう」

「はっ!」


 朔は敵軍の全体に投降を呼び掛けた。地上の武将は朔を攻撃するように命じているようであったが、武士は彼女に手を出せなかった。かくして朔は全く無傷のままに晴政の陣地に帰還した。


「で、どうだった?」

「自分で言うのもなんですが、敵はわたくしに恐れをなしているようにございます」

「今仕掛ければ崩せるか」


 去就に迷う兵士が多数。今なら戦力差は縮まる。


「はい。そのように存じます。伊達殿は上杉の御旗を掲げればよろしいかと」

「いいのか? お前の旗であろうに」

「ここで使わねばいつ使うのですか。わたくしを使うのであれば、使い切るべきにございます」

「言うではないか。ならば遠慮なく使わせてもらおう。敵味方の別は、まあ具足で分かるか」


 敵味方が同じ軍旗を用いるというのはどちらにとっても味方を識別する上で最悪であるが、伊達家の武士は皆、将兵の鎧を漆黒に染めている。それで区別することが可能だ。


「それでは皆の者、仕掛けるぞ! 公方様の旗を高く掲げよ!」


 長尾家の当主公認の旗である。伊達勢はその軍旗を掲げ、作戦も立てずに齋藤勢に突撃を仕掛けるのだ。


「奴らは浮き足立っておる! 我らの敵ではない! 片端から蹴散らしてやれ!!」

「「「おう!!!」」」

「但し、我らに逆らう気のない者は決して殺すな。そのような者は俺が殺す!」


 晴政はおよそ倍の敵に向かって突撃を開始。また朔は空に戻り、派手に上杉の軍旗を掲げながら攻撃を行う。


 〇


「――敵は上杉の正統だ! 戦えば謀反人となってしまう!!」

「貴様! 何を言うか!」

「最早齋藤などには仕えておられぬ! 俺は武器を捨てるぞ!」

「忠義のない者め! ここで成敗してくれる!」

「お前こそ、上杉への忠義を忘れたか!」


 実のところは晴政が事前に間者を潜ませており、晴政の突撃と共に各所で武器を置くように、手当たり次第に叫んでいるのであった。そして既に心が傾きかけている将兵には、少しきっかけを与えてやれば、脆くも崩れ去るもの。


「我らは伊達につく! 皆、武器を置け!」

「裏切るか! クソっ……!」


 伊達勢は高度な統制を保っており、武器を置く者を傷付けることはなかった。まあそもそも、合戦で必要なのは敵の名のある武将の首であって、一般兵を敢えて殺しはしないのが作法であるが、今回は武器を置くのであれば名のある者でも殺さず捕らえよというの晴政の方針だ。


 結果として、そもそも齋藤に仕えていることに疑問を持ちその噂を伝え聞いた将兵は次々と降伏し、開戦から半刻と経たないうちに齋藤勢は瓦解しつつあった。


「新発田殿、申し上げます! お見方の武将、次々に敵方に降っている模様です! このままではとても戦になりませぬ!」


 前線の酷い状況は、越後守備隊を率いる新発田丹波守にすぐに伝わった。


「ば、馬鹿な。思うていたよりも、我らは弱体であったか……」

「殿も早くお逃げ下さいませ!」

「し、しかし、この越後に奴らを通す訳にはいかん!」

「ここで討ち死にしても何の意味もありませぬ!」

「ぐぬぬ……」


 ここで踏みとどまっても伊達勢に叩き潰されるだけだ。そのことは、最早言うまでもなかった。この状況から体勢を立て直せる程の采配を振れる者は、残念ながらここにはいなかった。


「敵が、敵が迫っております!」

「ここは我らが食い止めます故、どうか殿は鉢ヶ山城にお逃げを!」

「……すまぬ。必ずやこの地は奪い返してみせる」

「さあお早く!」


 多くの兵が晴政に降伏し、越後守備隊は壊滅し、彼らは越後の半分を放棄して要害である鉢ヶ山城に逃げ込んだ。しかし、それは晴政の思う壷であった。


 〇


 ACU2313 10/4 山城國 葛埜京


 件の齋藤大和守は、上杉家の実質的な本拠地、かつての大八洲の京、葛埜京にあった。この世界ではわざわざ前線に出向かなくとも、戦略的な指示を遅滞なく出すことは十分に可能である。


「何!? 新発田が負けただと!?」

「は、はい……。新発田殿は鉢ヶ山城に落ち延び、守りを固めると――」

「馬鹿者!! 越後の半分を奴らに明け渡すと言うのか! それでは何の為に兵を預けたと!?」

「わ、私に言われましても……」

「…………すまん。だが新発田にはこう伝えよ。これ以上下がることは許さん。討ち死にしてでも越後を守れと」


 齋藤大和守の怒りは凄まじかった。軍事的な価値は低いが、越後の地は上杉家にとってそれだけの意味を持つのである。


「は、はっ……」

「しかし兵を越後に集めたのが裏目に出たか。他の攻め口の兵は動かせんし……どうしたものか……」


 決して負けることは許さないとかき集めた大兵が寝返った。これはあまりに予想外の展開である。


「とにかく、今は家中の結束を高めるべき時ぞ。領地を失いし者には蔵入地からその分を与え――」

「殿! 織田尾張守様がお出でになっております!」

「織田? 何だ急に。通せ」


 尾張美濃という天領でも枢要な地域の領主、織田家の当主が訪れた。

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