反攻Ⅱ
ACU2313 9/16 ポルテスムーダ港 ゲルマニア西部方面軍臨時総司令部
「大将閣下、西部の敵軍が防衛線から離れているとの報告が入っています」
ノエルの行動は当然、ザイス=インクヴァルト大将の司令部がすぐに捕捉した。彼女が突然防衛線を放棄してどこかへ向かったのだと。
「そうか。であれば、向かう先はカムロデュルムであるに違いない。包囲された味方の救援に向かったのだろう」
「な、なるほど……」
「確かに、包囲して気を緩めているところを後方から襲撃されるのは問題だ。オステルマン軍団長に警告せよ。敵が背後から襲い掛かって来る可能性が高いと。来るのなら北門だろう」
「はっ!」
ノエルの狙いなどザイス=インクヴァルト大将には手を取るように分かる。いや、普通に考えれば大抵の人はその結論に至るだろう。すぐにノエルの軍勢が東に――カムロデュルム方面に向かっているのが確認された。
「やはりそうか」
「はい。オステルマン軍団長は敵の襲撃に備えるとのことです」
「よろしい。せっかく敵が一堂に会するのだ。全て殲滅するのがよい」
ザイス=インクヴァルト大将は不敵に微笑んだ。しかし、その予想は少々外れていた。
○
『ぐ、軍団長殿! 大変です! 敵が、敵が来ています!!』
血相を変えた声で、オステルマン軍団長の司令部に通信が届いた。
「おいおい落ち着け。そして詳しく話せ」
『く、詳しくも何も、我々の背後に突如として敵兵が現れました!』
「我々? この30万の本隊に、敵が突っ込んで来たというのか?」
『その通りです! 敵の勢いは甚だしく、後方の友軍部隊が崩れています!』
「……分かった。下がれ」
敵の行動は愚かだ。30万もの本隊を、しかも戦車と装甲車で武装した本隊をたった5千の兵力で襲撃するなど正気の沙汰ではない。だがそれ故に、オステルマン軍団長は対策を講じなかった。正確には部隊に警戒くらいはさせていたが、まさかそんなことはあり得ないと無意識に判断し、その程度でやった気になっていたのだ。
「今のはただの兵士だ。通信士から通信すら届かないとは、後ろは相当混乱しているようだな」
「そのようですね……。こちらから呼び掛けても応答がありません」
司令部を襲撃され、魔導通信機を見つけた兵士が何とか窮状を伝えた。そんなところだろう。後方部隊は混乱の極致だ。まあ彼らは輸送の護衛部隊に過ぎないのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「閣下、すぐに援軍を向かわせましょう。この混乱が全軍に波及すれば、大きな損害を被ることになりかねません」
「ああ。それは構わない。だがこうなると――っと、お出ましか」
その時、固く閉ざされていた西門が開き、跳ね橋が下ろされた。そして大量の魔導兵と魔女が城から一気に打って出て来たのである。
「む、向こうから出て来るとは……」
「ああ、信じ難いな。だが私達にとって最悪な状況だ。後方を支えないと前後から叩き潰されるぞ」
古今東西の戦いで圧倒的な劣勢を跳ね除けて勝利を掴み取って来た金槌戦術。オステルマン軍団長は今まさに、その真ん中で叩き潰されようとしているのである。
「と、とにかく最低限の増援を後方に回しつつ、前方から迫る敵軍を撃退しましょう。城の外なら市民の被害など気にする必要はありません」
「そう、だな。そうしてくれ、頼む」
オステルマン軍団長は戦力を前後に分割して敵を迎え撃つという、月並みな作戦を採ることしか出来なかった。
○
その頃、ヴェステンラント軍の行動はシグルズにも当然伝わっている。
「師団長殿、どうやら前線は大変な状況なようだな」
「そのようだ……」
「こちらから攻撃を仕掛け、友軍を掩護するか?」
オーレンドルフ幕僚長は全速力で西門に進撃し、ヴェステンラント軍を更に背後から攻め立てようと言う。
「いいや、それはもう間に合わない」
「では我々に出来ることは何もないか?」
「……全く不本意だが、空を飛べる僕達しか間に合わない」
「そうだな。では早速出撃しようか。跳ね橋を破壊すれば、敵を逆に城内に閉じ込めることも出来るだろう」
「そうしよう。作戦が成功した時の為に、各部隊は全速力で進攻するように」
跳ね橋を破壊することに成功すれば、そのまま閉じ込められた敵を叩くことが出来る。
「ではオーレンドルフ幕僚長、そしてヴェロニカ、全力で出撃だ。目標は橋を破壊すること。それ以上は必要ない」
かくして三名の魔導士は出撃し、西門へと全速力で飛行した。同時に機甲旅団は進攻を再開する。しかし本気を出したヴェステンラント軍はそう簡単にやられてはくれない。
○
「やはり来ましたか、シグルズ」
空中で睨み合う二人。クロエは剣を構えた。
「ああ。来た。君達がここから脱出することは許容出来ないのでね」
「おやおや、今日は交渉の余地はないんですね」
「もうカムロデュルムは機能不全だ。君達を逃がして都市を保全する意味はない」
「なるほど。焼き討ちをしたのは間違いでしたか」
敵軍の撤退を許すのは、それで都市や要塞を無傷で手に入れられる場合に限る。今回はヴェステンラント軍と最後まで戦ったとて、ゲルマニア軍に失うものはないのである。