鶴山城の戦い
ACU2313 6/12 薩摩國 鶴山城
ヴェステンラント軍は略奪、虐殺を続けながら北上し、嶋津家の本拠地である鶴山城に到達した。その間、大八州軍からの妨害は一切なかった。
「ドロシア、やっぱり誘い込まれているとしか思えないのですが……」
「まあ、そうでしょうね。でも、だからこそ、それを打ち破れば私達の勝ちは確実よ」
敵を誘い込むという戦術は諸刃の剣だ。地の利のある場所で戦闘にもちこめるという利点はあるものの、しくじれば敵は既に自領に攻め込んできている訳で、一気に戦線が瓦解する。ドロシアはこれを狙っているのである。
「寡兵が勝つには、これまでも何度もやられてきたけど、包囲殲滅しかない。逆に言えば、側面、背面を固めておけば、奴らでも落とし切れないってことよ」
「それで方陣ですか……」
ヴェステンラント軍は全体として正方形の陣形を敷きながら移動している。これはどの方向から攻め込まれても十分に戦えるようにする為の陣形だ。正方形の一辺だけでもその兵力は二万五千であり、それだけで大八州軍の総兵力を上回る。包囲などは、最早通用しない。
「これを落とせるってんなら、落としてみるがいいわ」
「そうですね。慎重に行きましょう。しかし、城攻めはどうするんですか?」
「城なんてどうせ囮よ。適当にあしらっておけばいいわ」
ドロシアに鶴山城を落とす気は最初からなかった。どうせ城は囮であり、そこに釘付けになっているヴェステンラント軍を叩きに伏兵が大挙して襲い掛かって来るだろうと。そしてそれを迎え撃ち、散々に打ち負かしてやろうと。
「では、正面の二万五千で城を攻めるのですね」
「ええ。攻めてるふりだけでいいわ。ま、流石に私が指揮を執るけど。あなたは念のため中央で控えておいて」
「分かりました」
ドロシアは鶴山城への攻撃を開始する。しかし、大八州軍は予想外の行動に出た。
○
「っ!? 大砲!?」
「は、はい! 大砲です!」
接近するヴェステンラント兵に数十の大砲が砲弾を放った。砲弾は地面に落ちると爆発を起こし、耳をつんざく爆音を立てた。兵士達は全く慣れていない大砲に、秩序が乱れていた。
「落ち着きなさい! 私達の魔導装甲があれば、大砲なんて何の効果もないわ!!」
そう、大砲は直撃でもしない限りは魔導兵を打ち倒せないのである。だからこそ両軍とも特殊な用途にしか使ってこなかった訳だが、それ故に、ほとんど初めての事態に兵士達は冷静さを失っていた。
「ど、どうされますか、ドロシア様」
「大砲なんてただのこけおどしよ。全軍前進! 怯むな!」
「はっ!」
ドロシアは構わず部隊を前進させた。だが城門に接近すると更にロクでもない爆音が轟いた。
「今度は何の音!?」
「て、鉄砲です! 敵は鉄砲を撃ちかけてきています!」
「鉄砲? 馬鹿な!」
「し、しかし、この音は間違いなく銃声です!」
火縄銃というのもやはり、ゲリラ戦では使い道はあるものの、このような大軍同士の合戦においては全く実用的ではない。ただやかましいだけの筒だ。
しかしながら、これまた銃声に慣れていない兵士達は、自分達を襲う無数の銃声に足が竦み、隊伍を保つことなど出来なかった。
「クッソ! ふざけた真似を!」
「ドロシア様、残念ですが、とても戦える状態ではありません! 万が一にも大八洲勢が打って出てくれば、総崩れともなりかねません!」
「分かってるわよ。全軍後退! 下がって体勢を立て直す。……後は、奴らがこの機を見逃すか……」
こちらを混乱させてその隙に全力で突撃を仕掛けてくるのは大八洲軍の常套手段である。ドロシアは最大の警戒を保ちながら兵を後退させた。しかし、大八洲勢はついに現れなかった。
「全軍、陣形を立て直しました」
「そう。何も来なかったわね」
「そうですね……。敵がこの機を理解出来ない筈がありませんが」
「まあいいわ。損害は?」
「ほんの軽微なものです。百にも満たないかと」
実際、大砲の火縄銃も効果はほとんどなかった。ただ兵士達を驚かせただけなのである。
「これで兵も分かった筈よ。あんなの花火と同じ、ただうるさいだけの張子の虎だと」
「確かにそうではありますが……やはり、実際にあの音と爆発に晒されれば、いかに屈強な兵士とて、冷静に戦えはしません」
「チッ。使えないわね……」
例え魔導装甲に守られていたとて、隣の人間の声も聞こえないような轟音に晒され続ければ、正気を保っていられる者は極少数だ。
「どうされますか?」
「選択肢なんてないでしょう。あの城を攻め落とす以外にはね」
「力攻め、ですか」
「せっかく部隊が分かれているんだから、交代させながら波状攻撃を仕掛けるわ。どの道、10万人を一斉に投入出来る訳でもないし」
「よい判断かと」
ヴェステンラント軍の物量を活かした波状攻撃を仕掛け、敵を疲弊させ城を落とす。古典的だがそれ故に隙は少ない。堅実な策を用いるという点においては、ドロシアは成長していた。
しかし大八洲人の手にかかれば、その判断は裏目に出ることとなる。