レタウニア決戦
「シグルズ様、ダメです! 押さえきれません!」
「クッソ……五千もいればそうもなるか」
機甲旅団の総兵力は六千。それで五千の魔導兵と戦うというのは無理がある。榴弾で敵を掃討する距離があったならまだしも、懐に入られた今では戦況は極めて劣勢である。
「どうするのだ、師団長殿?」
「五千も僕達にぶつけているのならば、他の戦線は薄くなっている筈だ。周辺の部隊にありったけの増援を送るように頼んでくれ」
「それがいいな。よし、そうしよう」
ヴェステンラント軍が陸に配置した兵力はおよそ一万。その半分がシグルズを殺しにかかってきているということは、第88機甲旅団以外にはかなり余裕がある筈だ。
「シグルズ様、増援を送ることは可能と、次々と返答が来ています!」
「よし。これで物量は確保出来たか……」
勝利はこれで約束された。後はいかに損害を抑えられるか。
「総員、時間を稼げばいい! 敵を殲滅する必要はない!」
「そう言われても、厳しいとは思うがな」
「これくらいしか出来ないだろう……」
「まあな」
戦闘は激烈である。時間を稼ぐとか損害を最小限に抑えるとか、そう言ったことを考えながら戦うほどの余裕は、兵士達にはなかった。
「ん? 騎兵か」
その時、シグルズは指揮装甲車に突っ込んでくる魔導騎兵の姿を認めた。
「ハーケンブルク、覚悟せよ!!」
「ああ、そういうのを受けてる暇はないんだ」
「ぐああっ――!!」
シグルズは対物ライフルを構えて騎兵の腹を撃ち抜いた。その胴体は遠めでも分かるほどに削れ、騎兵はたちまち失血して死に絶えた。
「クッソ……ここまで敵の浸透を許すとは、失態だ」
「シグルズ様! 第103師団から増援部隊が到着しました!」
「よし。側面から敵を突くように言ってくれ。それと、戦闘の際は必ず中隊以上で纏まって行動するように」
「は、はい。分かりました」
シグルズの歩兵がマトモに魔導兵とやり合えているのは機関短銃があるからだが、普通の部隊にはまだ行き渡っていない。故に、接近戦を挑むには、圧倒的な物量の差で一人の魔導兵を集中攻撃するくらいしか手段がないのである。
「第78、91師団からも増援が到着しました!」
「同じように敵の側面から攻撃してくれ。これで戦力差は幾分かマシになったか……」
増援は三万程度。機甲旅団と合わせて総兵力は敵の7倍である。まだ少々心許ないが、魔導兵と戦うのに最低限の兵力は整った。
「反撃だ! こちらから攻めかかり、敵を突き崩せ!」
「はいっ!」
機関短銃を持った突撃歩兵と装甲車が中心となり、機甲旅団は攻勢に出た。既に疲れ果てており、かつ側面からの攻撃に対応しなければならなくなったヴェステンラント軍は、当初の勢いを失って総崩れとなった。
ヴェステンラント軍は撤退し、後方の塹壕線に再び立て籠もったのであった。しかしゲルマニア軍の被害は甚大であった。
「ヴェロニカ、損害は?」
「はい。こちらの戦車は43両やられました。戦死者も1,200程度かと……」
「やられたか……。それじゃあ機甲旅団は動けないな」
第88機甲旅団は大きな傷を負い、その力に頼って戦線を突破することは不可能となってしまった。そしてヴェステンラント軍の塹壕線かかなり堅固なものであり、機甲旅団なしに強攻を仕掛けるのも好ましくはない。
「どうやら、我々から攻め込むのは難しくなったようだな」
「ああ、そうだね。こちらから攻めるのは割に合わない」
「ではどうするのだ? 奴らをここに野放しにしておくか?」
「それは無理だろう。延々とここに兵力を張り付けないといけなくなる」
「それでは、和平か。連中にエウロパから去ってもらおうではないか」
「それが一番現実的だろうな。向こうの策に嵌っている気がするけど」
ヴェステンラント軍の死に物狂いの攻撃。それが一撃講和論的な、ゲルマニアから譲歩を引き出すものであることは、シグルズは薄々察していた。
しかし実際に大出血を強要されている訳だし、どう考えても和平が最も合理的なのである。という訳で、シグルズは参謀本部にこの旨を伝えた。
〇
ACU2313 5/2 帝都ブルグンテン 総統官邸
「――なるほど。状況は理解した。しかし、ザイス=インクヴァルト大将、レタウニアを正面から叩き潰すのは不可能ではないのではないか? 機甲旅団は他にも2つあるのだから」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト大将に尋ねた。今レタウニアにあるのは即席の討伐部隊であり、ルシタニア各地から兵力を集めれば更なる大軍を編成することも可能である。
そうすれば、レタウニアを現実的な損害で完全な落とすことも不可能ではない筈だ。
「確かに、不可能な話ではありません。しかしながら、機甲旅団は現在でもルシタニア各地に散らばったヴェステンラント軍の掃討に当たっております。それらをレタウニアに投入出来るようになるのは、まだ2ヶ月はかかるかと」
「そうなのか。2ヶ月も睨み合いを続けるのは、確かにあまり現実的ではないな」
実のところ、敵に再集結する暇を与えてはならず、ゲルマニア軍にもあまり余裕はないのである。