レタウニアの戦いⅣ
「私に気付くとは、随分と勘のいい方ですね」
「あ、あなたは……」
何もなかった空間に忽然と姿を表したメイド服の少女。ヴェロニカはその姿を何度か見たことがある。
「マキナですね。体を透明にする魔法を持っている」
「はい、そうです。シグルズが不在の隙を狙って部隊を撹乱しようとしましたが、どうやら失敗したようですね」
「ざ、残念でしたね。私はスラム街で長らく暮らして、物音とかには敏感なんです」
姿を透明に出来ても、体が発する様々な音を消すことは出来ない。普通の人間はそんな僅かな音には気付かないが、ヴェロニカの並外れた感覚はそれを探知したのである。
「なるほど。とは言え、ここにはシグルズもオーレンドルフもいないようですね。力づくであなた達を皆殺しにすることも出来そうです」
マキナは長剣を召喚し、ヴェロニカに向けた。
「……ど、どうされますか中佐殿……こいつは……」
「な、何とかします!」
「ほう。では受け止めてみせよ!」
クロエはヴェロニカに斬り掛かる。その刀はヴェロニカの脳天にぶつかり、そのまま彼女を真っ二つに切り裂く、筈であった。
その剣先は硬い鉄に阻まれる。それはヴェロニカのほんの短いナイフであった。
「っ、止めたか」
「私だってれっきとした魔女です! 舐めないで下さい!」
「私の剣を受け止めるとは、ただの短刀ではなさそうだ。とは言え、それで長剣に勝てると思うか?」
「ど、どうでしょうね……やったことがないもので」
「では、試してやる」
マキナは本気でヴェロニカに斬りかかった。しかし、その剣がヴェロニカを切り裂くことも、その剣を彼女のナイフが受け止めることもなかった。マキナの剣は装甲車の床面に突き刺さったのだ。
「何っ!?」
「取ったのは、こちらのようですね」
ヴェロニカは小柄な体躯と俊敏な動きを活かしてマキナの長剣の内側に入り込んだ。そしてナイフを彼女の心臓に突き立てた。
「お、おお……」「やったか……」
「や、やるではないか……。しかし、この私が心臓を突いたくらいで死ぬとは思うな!」
マキナは平然と心臓からナイフを引き抜き、床に血塗れのそれを投げ捨てた。
「え、ええ……? それは反則じゃないですか?」
「魔女なれば、心臓の一つや二つ、作り出せなくてどうする」
「はぁ……。いやー、ではどうしたら殺せるんですかね?」
「回復のしようもないほど粉々にすれば死ぬだろう。しかし、お前にそんな機会は二度と訪れない」
マキナはもう一本の長剣を作り出すと、再びヴェロニカに向けた。
「さあ、お前にはもうナイフがないだろう。大人しく斬られるがいい」
「あ、ナイフの予備なら十本くらいありますよ」
ヴェロニカは懐からまたナイフを取り出した。戦闘は振出しに戻る。
「……まったく、往生際の悪い奴め」
「そちらこそ、引き際が悪い人ですね」
「ゲルマニア語で皮肉も言えるのだな。ダキア人のくせに」
「ちゃ、ちゃんと勉強したんですよ! 大変だったんですから……」
「…………」
どうやら戦いが千日手に陥りつつあるというのを、ヴェロニカとマキナは理解した。
「今日はこのくらいにしてやる。次こそは、必ず殺してやる」
「そうですか。楽しみにしてますよ」
「……そうか」
マキナは装甲車の装甲に穴を開けて去った。事前に仕込んであったのだろう。
「し、しかし中佐殿、あの魔女が他の戦車で暴れ回ったらどうするんです? ここには中佐殿がおられたので何とかなりましたが……」
「その時はまあ私が何とかしようと思います。それに、マキナもそうなることくらい分かるでしょうから、下手なことはしないでしょう」
「そうだったらいいですが……」
結局、マキナが他の戦車や装甲車を襲撃することはなかった。そんなことをしても無意味だと悟ったのか、或いは引き際というものが分かっているのか。
「さて……後は空を飛んでいるお二人がどうなるかですね」
「そのようですね……。我々には祈ることしか出来ません」
○
「お前誰だ?」
「私は第88機甲旅団の幕僚長、グレーテル・ヨスト・フォン・オーレンドルフ大佐だ。お前に止めを刺しに来た」
「私を殺しに来たって? お前、そりゃあ流石に無理があると思うがな」
確かにレギオー級の魔女であるノエルに比べ、オーレンドルフ幕僚長の魔法は遠く及ばない。しかし彼女にはその差を補って余りある技術がある。
「それはやってみないと分からんな」
「ほう? じゃあやってやろうじゃねえか。燃えて死ね!!」
ノエルは魔法の杖を幕僚長に向けると、躊躇なく巨大な炎の柱を叩きつけた。まるで龍の吐息のような炎である。
しかしオーレンドルフ幕僚長はそんなものには応じず、素早く射線から逃れた。
「チッ。逃げんじゃねえ!」
「雑な狙いだ。そんなもので当たる訳がないだろう」
「こっの……」
オーレンドルフ幕僚長はノエルの周囲をすばしっこく飛び回る。ノエルはやたらめったら炎を放つが、一向に当たらない。
しかし、オーレンドルフ幕僚長はただ逃げているだけではなかった。
「よし、ここだ。死ぬがいい」
彼女は自慢の長剣をノエルに向かって投擲した。