レタウニアの戦いⅢ
シグルズとクロエが誰の介入も許さない壮絶な戦いを繰り広げる間、機甲旅団もまたレギオー級の魔女と戦闘を繰り広げていた。赤の魔女ノエルが相手である。
「対空砲火を絶やすな! 魔女を近寄せれば我々の負けだぞ!!」
オーレンドルフ幕僚長は師団長であるシグルズより師団長らしい。少し前まで本物の師団長であったのだから当然であろう。彼女は勇敢に機甲旅団を指揮し、魔女一人に対して対空機関砲を用いて激しい対空砲火を浴びせる。
「幕僚長殿、作戦は順調です! 魔女は遠くを逃げ回っているだけです!」
「うむ、よい。決して隙を作るな。たった一人の人間ならば、すぐに我々の隙を突いて懐に潜り込んで来るぞ!」
「はっ!」
オーレンドルフ幕僚長は決して油断をしない。一瞬でも隙を見せればノエルは隼のように飛び込んでくるだろう。旅団の対空機関砲を交互に射撃させ、装填の際の隙を一切見せないようにする。
弾丸を防ぐ手段を持たないノエルはその対空砲火の前に近寄ることすら出来ず、機甲旅団の周りをグルグルと飛び回っていた。
「後は師団長殿が勝てれば、我々は勝てるか……」
「シグルズ様……」
「こればかりは祈るしかないな」
とは言え、オーレンドルフ幕僚長はシグルズが負けるとは思っていなかった。
○
シグルズはクロエに向かって対物ライフルを連射するが、彼女もまた空を高速で飛び回っており、とても命中させることは出来なかった。
「やっぱり強いな……クロエ。これより弱い武器だと効果がないし」
フルオートで撃てる武器で最も強力なのは小銃弾を使うバトルライフルだが、それではクロエの魔導装甲に通用しない。だからそれより強力な武器を用いるしかない訳だが、それでは命中させることは期待出来ない。
オステルマン師団長は一度クロエの心臓を吹き飛ばしたが、それは完全に不意打ちを仕掛けたからであった。この状況でそれは望めない。
「ネタ切れですか、シグルズ?」
「残念ながら、そうみたいだ。僕には君を殺し切れる武器がない」
人間程度の大きさで戦車並みの耐久力を持った存在など、人類史には存在しない。だからそれを倒す為の武器もまた地球には存在せず、従ってシグルズがそのような武器を造り出すことは出来ない。
クロエは地球の武器しか作り出せないシグルズにとってはなかなか致命的に相性が悪い相手であった。
「おや、素直に認めるんですね。演技をしてでも敵に舐められないようにした方がいいと思いますが」
「互いに実力はよく分かっているだろう。だったらわざわざ手の内を読む必要なんてないと思わないかい?」
「確かに、それも一理ありますね。とは言え、勝たなくていいんですか? ここで私を殺せれば、あなたはエウロパで好き勝手出来る訳ですが」
「別にそんな気はないよ。ヴェステンラント軍ではマトモに話が通じる君を殺すのはあまり帝国にとっての利益にならない。それに僕がいる限り、君はそう脅威にはならないからね」
「おやおや、余裕ですね」
交渉相手となる人間はいずれ必要になる。それに、クロエを殺せれば確かにシグルズが自由に動き回れるが、シグルズはそういう個人の魔法に頼った戦術を好まない。
「それではやっぱり、ヴェステンラントに寝返りませんか? 前にも言いましたが、あなたの才能を最もよく理解しているのは私達なんですよ?」
「前にも言った通り、そんな気はない。別に魔法を評価してもらいたくはないのでね」
「そうですか。残念ですね。まあ私は諦めませんが。つまりあなたを殺す気はありません」
「そう。じゃあ僕達は互いに殺す気もないのに殺し合ってる訳だ」
「面白い状況ですね。精々楽しむとしましょうか。さあ!」
シグルズとクロエの殺し合いは全く収拾がつかなかった。勝敗はオーレンドルフ幕僚長に委ねられることになりそうだ。
○
「――師団長殿もクロエも、互いに相手を殺し切れる武器がないようだな」
「そうみたいですね……」
オーレンドルフ幕僚長とヴェロニカは二人の闘争を見物していた。戦闘は完全に膠着し、決着は一向に着かなかった。
「幕僚長さん、どうしましょう……。このまま撃ち続けていても埒が明きません」
「確かにな。ではこちらから打って出るとしようか」
「打って出る?」
「ああ。私がな。奴を斬り殺してこよう」
「だ、大丈夫ですか?」
「万一の場合の引き際くらいは心得ている。機甲旅団は任せたぞ、ヴェロニカ。私は行ってくる」
「あ、行ってらっしゃい」
オーレンドルフ幕僚長はノエルに止めをさすべく飛び立った。
「あれ、これ私が一番偉い?」
「そうですね。中佐殿がここで一番偉いです」
「ああ……はは……」
シグルズとオーレンドルフ幕僚長が前線に出た今、機甲旅団を指揮するべきはヴェロニカなのである。
「まあ……取り敢えずオーレンドルフ幕僚長の命令通りにノエルを撃ちます。幕僚長が戦闘状態に入ったら対空砲火を止めましょう」
「はっ!」
ヴェロニカは無難な命令を下すくらいしか出来なかった。しかし次の瞬間だった。
「っ!? 誰だ!」
「ちゅ、中佐殿?」
ヴェロニカは指揮装甲車の中で、誰もいない虚空に向けて拳銃を抜いた。