レタウニアの戦い
ACU2313 4/20 ルシタニア共和国 アウレリアム
「――なるほど。やってくれましたね……」
クロエは忌々しげに呟いた。いや、寧ろ周りの人々に聞かせようとすらしていた。現在の状況とゲルマニア軍の大胆不敵な作戦を、クロエはようやく完全に把握したのだ。
白の国、赤の国、陽の国の軍勢のほとんどがこの北ルシタニアに閉じ込められ、脱出する機会を失っていた。
「どうするのだ、クロエ?」
陽公シモンは尋ねる。ヴェステンラント軍の最高司令官はクロエだ。
「それについては、オーギュスタンから指示が来ています」
「早いな。流石はオーギュスタンと言ったところか。で、その作戦は?」
「北ルシタニアの北西の端、レタウニア地方。ここに動員出来る全軍を集めて立て籠ります」
地球ではブルターニュと呼びれていた辺りである。大陸から突き出た角のような形をしたこの地方ならば、少数の兵力でも防衛線を維持することは可能だろう。
「立て籠るか。だが、そんなことをして何になる? 制海権は既に失われ、海から脱出することは不可能なのだぞ? 大八洲方面からの援軍でも待つのか?」
「いいえ、違います。我々はゲルマニア軍に、我が軍が撤退することを認めさせるのです」
「奴らが後々に脅威となる我々を、生かして逃がしてくれるのか?」
「何とかしてそうさせるんですよ」
「と言うと?」
「単純です。力で攻め落とすよりも私達が帰った方が安上がりになるよう、不敗の体制を整えるのです」
ゲルマニアは合理的な国だ。だから不利益が利益を上回る行動は取らない。そう信じた上で行動する。
「共和国の皆さんもよろしいですね? 最早あなた方に残された選択肢は、我が国に亡命して機を伺うことだけです」
彼らに選択肢などない。共和国に着いたのが運の尽きであろう。
かくしてヴェステンラント軍は最後の抵抗を演じる。
〇
ACU2313 4/21 ルシタニア王国 王都ルテティア
栄光ある王都が国王の元に帰ってきて早くも一週間。国王を尋ねる男があった。
「国王陛下、ご無沙汰しております」
「フーシェ……何をしに来た」
吸血鬼とあだ名される覇気のない男。かつてはルシタニア王国の内務大臣であり、そのくせ共和国の警察長官となった男がまたここにいる。
「無論、陛下に再びお仕えする為、ここに帰参した由にございます」
「つい先週まで共和国にいた人間が何を言う」
「あれはド・ゴールに強要されたことにございまして、私の心は常に陛下の元にございました」
「ふん。適当なことを」
国王はフーシェに大きな嫌悪感を持っていた。正直言って今すぐに反逆罪で処刑したいところである。だがそうも出来ないのは、フーシェの策略なのだろう。
「お前のことだ。どうせ手土産でも持ってきたのだろう?」
「はい。逃亡した共和国の高官の逃げた先の一覧です。どうぞお受け取り下さい」
「……そうか。その功によって、お前の罪は減免しよう」
「ははっ。ありがたきお言葉です」
結局、フーシェは何食わぬ顔で王国政府に復帰した。そして各地に逃走したド・ゴール大統領の部下達は次々と逮捕されることとなった。
〇
同日。ヴェステンラント軍の掃討に当たっていたシグルズに悪い報せが届いた。
「――何? 奴らレタウニアに集結しているだって?」
「はい、シグルズ様。司令部からそのような報告がありました」
「で、僕達にそれを伝えてきたってことは……」
「は、はい。直ちにレタウニアに急行し、これが体制を整える前に粉砕せよとのことです」
ゲルマニア軍の対応は早かった。ヴェステンラント軍の動きを察知したゲルマニアは、直ちに討伐軍を派遣したのである。
「それは問題ない。しかしレタウニアか……」
「それがどうかしたんです?」
「あそこは海沿いの地域だ。だから戦艦を持ってくれば、海から撃ち放題だろうね」
「なるほど……。それはいいですね」
アトミラール・ヒッパーを使った艦砲射撃。こういう用途にも戦艦は有用だと示せるいい機会である。
「しかし師団長殿、海軍がそう簡単に私達の要請に応じてくれるのか?」
「ザイス=インクヴァルト大将にお願いしてもらえば通るだろう。という訳でヴェロニカ、司令部に繋いでくれ」
「は、はい!」
何の躊躇いもなく方面軍総司令官閣下に進言が出来るのは、シグルズの特権のようなものである。まあゲルマニアが今でも存在しているのは半分くらい彼のお陰であるから、そのくらいは許されてもいいだろう。
シグルズの提案をザイス=インクヴァルト大将は即座に受け入れ、海軍にその旨を依頼して、アトミラール・ヒッパーが派遣されることになった。
〇
ACU2313 4/27 ルシタニア王国 レタウニア地方
「おや、あの船は……」
「殿下、例の戦艦とやら、アトミラール・ヒッパーです!」
「なるほど。海から私達を攻撃する気で――っ!」
「撃ってきた! 殿下、隠れてください!」
「別に私にその必要はありませんが……これはマズいですね」
海岸沿いに建てた即席の砦が一撃で吹き飛びされた。