U-1とアトミラール・ヒッパー
「艦長、我が艦の航行に問題は全くありません!」
「ふはは! よいぞ! ゲルマニアの大砲ごときに、このアリーセを沈めることは出来ぬ!」
アリーセ艦長は高を括っていた。アトミラール・ヒッパーの強大な大砲には驚かされたが、アリーセはそれ以上の防御力を持っている。そう確信していたし、実際アトミラール・ヒッパーだけなら、恐らくアリーセを沈めきれなかっただろう。
だが、それは突然訪れる。突如として足元が激しく揺れ、艦長は倒れ込んでしまう。
「か、艦長、大丈夫――」
「何があった! 私はいい、報告しろ!!」
大砲で撃たれた時とは根本的に違う性質の衝撃だ。艦長は直ちにそう直感した。
「た、大変です!! 下層区画が浸水しています! 既に最下層は完全に水に沈んで、排水は不可能です!」
「船底に穴を開けられた、とでもいうのか……」
アトミラール・ヒッパーは発砲していない。そうとしか考えられなかった。
「し、しかし、一体何が……」
「何でもいい! とにかく、水を防ぐんだ! アリーセが沈んでしまう!」
「は、はい!」
アリーセはゆっくりと、しかし確実にその甲板を水面に近づけていく。水というのは恐ろしいもので、アリーセに乗艦する歴戦の魔女達ですらその勢いを止められず、逆に吞み込まれて溺れていった。
何とか浸水した区画を隔離した時には、既に船室の半分近くが水に埋もれ、アリーセは本来水面上の出ているべき部分の半分が海中に沈みこんでいた。
「か、艦長……自力での航行は不可能です。そして、ここで砲弾を喰らえば……」
「いくら我々の魔法でも耐えられない、か」
「はい……」
アリーセは何が起こったのか全く分からないうちに、戦闘能力をほぼ喪失してしまった。
○
同刻。アリーセの下に蠢く鉄の塊があった。
「やりましたね、少佐殿! 我々の魚雷にかかれば、あんなデカいだけの納屋なんて、大したことはありません」
「え、は、はい、そうですね」
ヴェロニカは実は少佐である。よって、多くの水兵にとって彼女は上官なのだ。そういう風に呼ばれて、ヴェロニカは動揺を隠せなかった。
さて、何があったかと言えば、事前にブリタンニア海峡に潜航していたU-1がアリーセに魚雷を放ったのである。ヴェステンラント軍の頭でも想像すら出来ない、船底への直接攻撃。
数十発の砲弾を耐えたアリーセも全く対応が出来ず、辛うじて轟沈だけは回避しているものの、ほとんど死んだも同然という状況だ。たった一発の攻撃でこれなのだから、これを大量に運用出来たらどうなるのか、海軍関係者なら心を躍らせざるを得ない。
「では、シグルズ様に作戦の成功を報告しますね」
「はっ。お願いします」
ヴェロニカは作戦成功をシグルズに報告した。もちろん、最新式の電気通信機で。
○
「アリーセが……これは一体どうなってるんでしょうか」
クロエは特に驚くでもなく、大して興味なさそうに沈みゆくアリーセを眺めていた。
「マキナ、何か気になるゲルマニア軍の通信は?」
「申し訳ありません。特に何も」
「そうですか……。事前に仕込んでいた、ということでしょうか」
「私には分かりかねます」
当然ながら、マキナがシグルズとヴェロニカの通信を傍受することは出来なかった。
「クロエ様、どうされますか? 我々の切り札は最早使い物になりません。これ以上の戦闘は無意味かと」
「そうですね。オーギュスタンに話しておきましょうか」
「それがよろしいでしょう」
クロエはオーギュスタンに意見を求めることにした。
「――という状況です。どうしたらいいと思いますか?」
『分かった。アリーセがそのような状況になったからには、我々に取り得る手段はない。速やかに全軍撤退したまえ』
「おや、敗北を認めるなんて珍しいですね」
『勝つことが不可能な戦いに挑んだりはしない』
オーギュスタンがこの様子では、恐らく本当に勝利は不可能なのだろう。クロエは指示通り艦隊を撤退させることにした。
「しかし、アリーセはどうしますか? 自力での航行は不可能なようですが」
『曳航が可能ならばそうしてくれ。不可能そうなら放棄して構わない』
「そうですか。ではそのよう――あ、無理そうですね」
アトミラール・ヒッパーがアリーセをここぞとばかりに砲撃した。先程までは損傷を直ちに修復していたアリーセも、一撃喰らうたびにどんどんと艦体が沈みこんでいく。
『そうか。ではアリーセは囮にでもして撤退してくれ』
「はい。分かりました。全軍、撤退します」
かくしてブリタンニア海峡の決戦は、ゲルマニア軍の圧倒的な勝利に終わった。ゲルマニア海軍はようやく雪辱を果たせたのであった。
○
「閣下、敵艦隊、撤退するようです!」
「よくやった!! これで我々の勝利だ!」
シュトライヒャー提督は大はしゃぎして喜んだ。
「閣下、どうされますか? まだまだ我が艦隊には余力があります。追撃も出来ますが」
シグルズは積極策を提案する。
「いいや、やめておこう。アトミラール・ヒッパーはもう疲れ切っている。追撃は我が軍に損害をもたらす可能性が高いだろうな」
「はっ。それでは勝利の凱旋といきましょう」
大洋艦隊は数万の国民に迎えられ、栄光の帰還を果たしたのであった。