ターリク海峡での戦闘
「閣下、間もなく目的地、ターリク海峡に到着します」
「よし。浅瀬に船を固定せよ」
「はっ!」
地球ではジブラルタル海峡と呼ばれた海峡。U-1はその海中に身を潜めた。
「それでは、僕達は行きましょう、ライラ所長。ヴェロニカもね」
「うん、分かった」
「はい!」
たった3人だけだが、この世界でも最強に近い魔法を持った3人である。特殊部隊として不足はあるまい。
U-1に備え付けてある小型潜水艇に乗り、3名は海面へと浮上した。ひとまず頭を出して周囲を見渡す。
「おー、東にヴェステンラントの船が見えるよー」
ライラ所長は双眼鏡を覗き込み、何かに感動したような声で言った。
「何で嬉しそうにしてるんですか……?」
ヴェロニカは全くライラ所長に付いていけない。
「そりゃあ私達があれを潜り抜けてきたったことだからね」
「ああ、確かに。本当にそんなことが出来るんですね」
「ま、私が設計した船だからね」
U-1は本来の目的通り、ヴェステンラント艦隊の警戒線を掻い潜ってターリク海峡に入り込むことに成功した。潜水艦の役目はこれで一旦終わり、後は特殊部隊に任されている。
「シグルズ様、地上には見張り塔が4つほど確認出来ます。他には特に見当たりません」
「ふーん。戦略的に非常に重要だっていうのに、警備は大したことないんだね」
「まあヴェステンラントもここを占領したばかりでしょうから」
アトランティス洋から地中海への入口に当たるこのターリク海峡。ここを制圧すれば地中海を巨大な牢獄に出来るというのに、ヴェステンラント軍の監視体制は貧弱であった。
「恐らく、ルシタニア軍が最後にここの砦などを破壊して行ったのかと」
「なるほどねー。まあ私達が楽になるなら何でもいいんだけど」
「ええ。では早速、制圧するとしましょう」
3人は潜水艇から飛び立ち、夜闇に紛れながらヴェステンラントの見張り塔の足元に辿り着いた。
「じゃあヴェロニカ、よろしく」
「はい。行ってきます」
ヴェロニカは見張り唐の中にたった1人で侵入した。
「え、あの子1人だけでいいの?」
「はい。ヴェロニカならこの程度の仕事、造作もありませんよ」
シグルズはこの類の仕事に関してヴェロニカに全幅の信頼を置いていた。
○
――気付いてないですね……勘が鈍い人達です。
ヴェロニカは見張り塔を足音の一つも立てずに上り、最初の兵士を発見した。そして彼の背後にゆっくりと回り込む。
「はい、さようなら」
「っ!?」
ヴェロニカはナイフで兵士の首を掻き切った。兵士達は武装勢力の襲撃など想定していないのか、魔導装甲すら着ていない有様である。恐らく、彼らの役目は民間人が間違って近づかないように監視するくらいで、外の哨戒船に他は全て任せきっているのだろう。とんだ堕落である。
更に4名の兵士を葬り、ヴェロニカの周りには兵士がいなくなった。
「この調子なら行けそうですね。全員殺しましょう」
ヴェロニカは階段を上り、途中途中にいた兵士を全員暗殺し、最上階まであっという間に皆殺しにした。見張り等の灯り等はそのままに、ヴェロニカはシグルズの許へと帰還する。
「シグルズ様、敵を皆殺しにしてきました」
「よし。よくやった、ヴェロニカ」
「やるね。魔法だけではどうにもならない、本人の才能だよ」
音を消す魔法というのは実は存在しない。だからこれは、ヴェロニカ個人の潜入技術によるものだ。
その後、ヴェロニカは見張り塔に次々と侵入し、全ての監視兵を殲滅した。
「敵の見張りを完全に制圧しました!」
「よし。ではヴェロニカは見張りに回って、ライラ所長と僕で作戦を遂行しましょう」
「了解です!」
「うん。準備はばっちりだよ」
ライラ所長は魔法で運んできた大量の爆弾を抱えながら言った。
「さて、ではライラ所長は、地面を掘る場所の指示をお願いしますね」
「うん。まあ私も専門家じゃないんだけど」
「え」
「まあ、何とかなるよ。ルシタニアから周辺の地形の詳細な地図ももらってるし」
「……ライラ所長殿を信じます」
「照れるなー」
全く以て不安しかないが、シグルズは土の魔法でライラ所長が指示した地点を掘り進めた。主に急斜面の麓にトンネルを穿つ。そしてそれを鋼鉄の柱で補強すると、ライラ所長と共に中に入った。
「爆薬が沢山と、後は電気式の起爆装置、と。上手く作動するかな」
「ライラ所長が作ったものなら大丈夫ですよ」
「あ、そう?」
トンネルの一番奥に、U-1に満載してきた爆薬と、電気式の無線機を応用した起爆装置を設置した。何カ所かで同じことを繰り返し、大量の爆薬を斜面に仕込んだ。
「さて……理論上は、これを爆破すればこの山が山崩れを起こして海峡が使用不能になる筈だね」
「はい。ザイス=インクヴァルト大将の命令が達成出来ます」
ザイス=インクヴァルト大将の壮大な、しかし誰も知らない計画の第一歩。それはターリク海峡を完全に封鎖することであった。そしてそれを実行するべくライラ所長が考え出したのが、人工的に土砂崩れを起こすことだった。
準備は整った。後は起爆装置を起動させるだけ――と、その時だった。
『か、閣下! 現在U-1は敵の攻撃を受けております!』
「何だって!?」
全くあり得ない筈のことが起こった。