初撃
ACU2312 10/20 大八州皇國 魏國 黔中
ガラティア軍の指揮を執るはシャーハン・シャー・アリスカンダル。大一番の戦ということで、彼が直々に兵を率いることとなった。魔法を駆使すれば3日で世界を一周出来るこの世界において、大八州の戦場とビュザンティオンを行き来することはそう難しいことではない。
「陛下、大八州勢が動き始めました」
イブラーヒーム内務卿は煌めく鎧を纏ったアリスカンダルに報告した。
「大八州勢ではない。あれは謀反人の軍勢だぞ?」
「え、はっ、そうでしたね。我々は大八州を救援する為にいるのでした」
あくまでもガラティア帝国は謀反人を討伐することを目的にしている。つまるところ、ガラティアは大八州の味方なのだ。
「そうだ。で、敵の様子は?」
「はい。敵はどうやら、軽騎兵を我がファランクスの正面に押し出してきております」
「軽騎兵?」
「はい。大八州の一般的な騎兵と比べると、かなり軽装です。それでファランクスに突撃しようというのですから、我らが動く必要はないでしょう」
「確かに、普通に考えればそうだが……」
アリスカンダルは悩んでいた。あの晴虎はもういない。彼を震え上がらせたあの天才的な軍略家はもう存在しない。だが、だからと言って大八州軍の采配を甘く見ていいものかと。
「陛下、晴虎は死んだのです。そこまで過剰に恐れることもないのでは?」
「大八州軍の強さは、晴虎の才だけによるものではない。そんな頭だけの軍勢など、マトモに動きすらしないだろう」
「そういうものでしょうか……」
軍団の頭がどれだけ優秀でも、それを実行する武将達が有能でなければその策を実行することは出来ない。晴虎の無茶な作戦を実行出来ているということは、それだけ有能な武将が大八州の遍く存在しているということだ。
その中には軍勢の指揮に秀でた者も多いだろう。それが晴虎の兵法を受け継いでいないと断言することは出来ない。
「この重装歩兵に軽歩兵を突っ込ませればどうなるかなど、赤子にでも分かること。何か裏がある。そう考えるべきだ」
「し、しかし、どうすれば……」
「まあ実のところ、その場でじっとしているしかないのだがな」
「はあ……」
敵が何をするか分からないのなら、余計なことをして隙を見せないのが上策だ。だが、アリスカンダルの判断は裏目に出るのであった。
○
「まだだ。進め。怯むな」
明智日向守は自らも馬に跨りながら、三千ばかりの軽騎兵の先頭を駆けていた。
陣立ての戦闘で、大声で号令するでもなく黙々と駆ける姿。勇猛な武将とはまるで正反対の姿だが、それはそれで兵士達を勇気付けるものである。
その視線の先には、彼らに輝く矛先を向ける一万の兵士。
「明智殿、ま、まだですか?」
「ああ。まだだ。進め」
騎兵は全速力で突進する。槍兵の人相すら見えるほどに、両者の距離は近づいた。そしてその長槍が彼らを貫かんとしたその時――
「止まれ! 弓隊、放て!」
軽騎兵隊は土煙を上げて、矛先すれすれのところで動きを止めた。そして素早く弓を取り出すと、ファランクスに向かって一斉に矢を放った。ファランクスは飛び道具には弱く、先頭の兵士から次々と矢に貫かれた。
「よ、よし! 効いています!」
ファランクスは混乱し、一切傾くことなく真正面を向いていた槍の向きは乱れる。
「これでよい。まだ放ち続けよ」
「はっ!」
敵の目前で矢を放ち続ける軽騎兵。だがファランクスもすぐに態勢を立て直し、騎兵隊を葬り去るべく行進を始めた。
「き、来ました!」
「ああ。退け」
「はっ! 皆、逃げろ!」
ファランクスが歩き出すや否や、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。足の遅いファランクスでは到底彼らに追いつくことも出来ず、まんまと逃げおおせることに成功したのであった。
軽騎兵隊は弓でも届かないほどに十分な距離を取ると陣形を立て直した。
「何人が死んだか」
「はい。我が方の討ち死にしたる者は僅かに十名ばかりです」
「討ち取った者は二百ばかり! 我が方の圧勝です!」
圧倒的な損害比である。大勝利だと言っていいだろう。明智日向守は特に顔に出さないが、喜んでいない訳ではない。
「ああ。遊牧民族の兵法も、たまには使ってみるのもよいものだな」
これは唐土の辺境に住む遊牧騎馬民族の戦術を取り入れたものだ。唐人の武将を少々下に見ていたのかもしれないと、明智日向守は評価を訂正していた。
「我らと違うからと言って、下と思うは余りに浅慮か」
「は、はあ」
「まあよい。もう一度兵を押し出せ」
「はっ!」
軽騎兵は再び突撃、長槍の間合いに入る直前で矢を放って逃げるのを繰り返した。そうしてほとんど犠牲を出すことなく、ファランクスに多大な死傷者を出させることに成功したのであった。
○
「陛下! ファランクスに大きな損害が出ております!」
「何?」
彼にとって、その報告は流石に予想外であった。最前線の様子がすぐさまアリスカンダルに伝えられる。
「不覚だ……我々はあのような連中を倒して来たというのに……」
「へ、陛下……」
ガラティア帝国は東方への急激な領土拡大の途上であのような騎馬民族をいくつも滅ぼし、或いは自国の勢力圏に組み込んで来た。それなのに、アリスカンダルは大八州勢がそのような戦術を用いることを想定出来なかったのだ。
一武将としての能力が鈍っているのを自覚せざるを得ないアリスカンダルであった。