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追い詰められる曉

 ACU2312 10/12 大八州皇國 中國 金陵城


 時は二ヶ月ほど遡る。エウロパ方面ではゲルマニア軍が最後の攻勢を発動し、ダキアが瓦解しつつある頃。


 上杉家の所領の根幹を為す、唐土の東海岸の大部分を占める巨大な領地、中國。そのやや南にある金陵城(大体南京の辺り)は、上杉家の領国統治の中心であり、大八州の首都であり、世界で最も人口の多い都市でもある。


「曉様、アリスカンダルの軍勢が、魏の國の半ばに差し迫っているようにございます」


 明智日向守は何の感情も読み取れない声で、白装束の少女、長尾右大將曉に西方の情勢を報告した。


 ガラティア帝国の40万の大軍は曉の討伐を大義名分に公然と唐土への侵攻を開始。抵抗する唐土諸侯は排除し、従う者には所領を安堵し、破竹の勢いで曉の許へ迫っていた。


 魏の國はガラティア帝国と中國の中間辺りにある唐人の藩である。つまり、ガラティア軍はたったの1ヶ月で中國へ至る道程の半分を踏破したのだ。曉の精神状態は悪化していくばかりである。


「曉様、このままではせっかく味方に着けた唐土諸侯がガラティアに鞍替えしてしまいましょう。早急に手を打たれた方がよろしいかと」

「分かってるわよ、そんなこと。出来るもんならやっているわ」

「武田を放ってはおけませんからな」


 潮仙半嶋を治める武田家は、西上作戦を宣言して曉の討伐に乗り出した。その軍勢の進撃は、武田樂浪守信晴の性格上ゆっくりとしたものであるが、到底無視する訳にはいかない。


「分かってるなら提案するんじゃないわよ」

「しかし、このまま手をこまねいてはおられません」

「勝手知ったる中國に敵を誘い込み、麒麟隊の全軍を以て片方ずつ打ち倒す。それが私達の兵法の筈でしょう?」


 武田家とガラティア帝国は明らかに曉への嫌がらせの為に連携している。東西から同時に迫るこれらに対処する為に麒麟隊が立てた戦略は、本土に敵を引き込んで決戦を挑み、これを一気に殲滅することである。


「はい。しかしながら、何らかの手を打たねばなりません」

「何か手があって?」

「この際、東北は捨てましょう。武田樂浪守の性は五分の勝ちを求める慎重なもの。最低限の押さえの兵だけを残し時を稼がせ、麒麟隊はアリスカンダル討伐に向かうべきでしょう」

「……武田を捨て置くって言うの?」

「はい。城に籠って敵を凌いでいるようでは、我らはいずれ負けるだけ。我らは打って出て敵を撃ち滅ぼさねばなりません」


 明智日向守の言い分にも理がある。城に籠って勝てるのは味方の増援が来ると分かっている時だけであって、そうでなければ城の外に打って出なければ勝利は掴めない。


「でも、ヴェステンラントがいずれ来るわ。奴らが来るまで城に籠っていればいいのではないの?」

「ヴェステンラントに救ってもらったとなれば、我らは立つ瀬がなくなります」

「……そうね。馬鹿を言ったわ」


 ヴェステンラントに助けてもらって内戦を勝ち抜いたなど、論外だ。大八州の主導権を白人などに明け渡す訳にはいかない。


「曉様、少々お疲れのようです。アリスカンダルの討伐はこの私に任せ、金陵城でお休みになってはいかがですか?」

「総大将が城に引き籠っていてどうするの? 私も行くわ」

「……はっ。それでは早速、戦支度を致します。よろしいですね?」

「ええ、頼むわ」


 このまま緩慢な死を待つよりは自分から運命を掴みに行った方がまだマシだ。曉はそう判断した。


 〇


 翌日。金陵城に唐人の将軍、薫一龍が呼び出されていた。彼の祖国である燕の國は既に武田家に押さえられ、命からがらここまで逃げ延びて来たものである。


 眞田や山本といった武田家の謀略家には嵌められたものの、マトモに兵を指揮出来る貴重な人材として、明智日向守は彼を重用していた。


「明智殿、よくぞお越しになられました」

「そのような挨拶は不要。貴殿に頼みたいことがあって来た」

「はっ。何でもお申し付けくださいませ」

「貴殿には、中國の東北の守りを任せたい。麒麟隊はこれより、アリスカンダルを迎え撃つべく、東へ出陣する。その間の留守を頼みたいのだ」

「そのような……光栄ではございますが、よろしいので?」


 それはつまり、唐人に中國を預けるということだ。仮に董將軍が裏切りでもすれば、曉の勢力は滅亡するだろう。


「貴殿を信じてのことだ。貴殿のような武士が、裏切りなど万が一にも起こすまい」

「私をそこまで信じて頂けるとは、恐悦至極に存じます……」

「ああ。そして、貴殿には一つ、申し付けておくことがある」

「はっ」

「貴殿の役目は時を稼ぐこと。決して武田とやり合おうなどとは思うな。城に籠り、時を稼げばそれでよい。すぐに我らは戻って来る」

「……はっ。承知しました」

「悔しいのは分かる。だが、雪辱など考えるな」

「ははっ。肝に銘じます」


 董將軍には当然、受けた屈辱を忘れてはいなかった。だが武田の騎馬隊に合戦など挑めば負けは目に見えている。それだけが明智日向守の懸案事項であり、万が一が起こらないように事前に忠告しておいた形だ。


 義理堅い彼ならば、命じたことなら守るだろう。

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