帝国の大戦略Ⅱ
「では、これらの仔細について説明しましょう。まずは戦車、装甲車、その他自動車の運用についてです」
「うむ」
「帝国の保有する戦車およそ500両を全て合わせれば、概ね3個機甲師団を編成することが可能です。しかし、このような編成は論外です」
「そうだな。正面から押す戦力が必要なのだよな」
一部の戦車は集中して配備し、その他の戦車は前線の全体に満遍なく配備する。それがザイス=インクヴァルト司令官の戦略、戦術の前提である。
「つきましては、1個師団分を集中配備、残りを全体に配分することを考えております」
「私にはどう配分すべきかは分からんが……」
ヒンケル総統にはそこら辺の具体的な判断は出来ない。
「まあ、悪くはないでしょうな。戦車は少数でも歩兵の壁となり、砲台となり、部隊の戦闘能力を大幅に向上させられます」
ローゼンベルク司令官は言う。東部方面軍でゲルマニア軍として初めて戦車を大規模に運用した司令官が、だ。ヒンケル総統も彼の言葉なら無条件に信頼出来る。
「まあ配分はそれでいいとして、1個師団だけで敵が鍛え上げた塹壕を突破出来るものか?」
「はい。しかし閣下、恐らく閣下のお思いになっていることとは真逆のことを我々は思案しています」
「何?」
「1個師団など過剰です。そもそも戦車は塹壕を突破する為の兵器。1個旅団もあれば、敵の防衛線に穴を穿つことは十分に可能です」
「そうなのか?」
ローゼンベルク司令官は静かに頷いた。固定目標への攻撃であれば機甲戦力は1個旅団、おおよそ5,000人もいれば十分である。戦車の数にして50両ほどだ。
オブラン・オシュの市街戦ではダキア軍の巧みな抵抗に苦しめられたが、何もない平地に掘られた塹壕では市街地のような奇策を繰り出すことは出来まい。
50両で前衛、更に自動車化された歩兵を続ければ、塹壕を突破するのは容易な筈だ。まあこれは東部の経験からの判断に過ぎず、実際に塹壕を相手にしたことはないのだが。
「という訳で、地上軍の編成としては、3個独立機甲旅団を編成しようと考えます。これらは帝国の最精鋭部隊となることでしょう」
「なるほど。で、それは誰が率いるのだ?」
「それが少々問題でして、戦車の運用に熟達した指揮官というものがいないのです。取り敢えず1つはシグルズ君に押し付けるとして、残り2人は確保出来ておりません」
「シグルズはいいのか?」
「はい。僕は最初から引き受けるつもりでしたので」
まあシグルズが押し付けられるのはいつものことだ。
「いや、しかし、そうなると第88師団はどうするんだ?」
「それについては、我が師団もかなりの損害を負いましたので、師団司令部だけを残して縮小再編しようかと」
「ふむ、そうか。まあ君がいいのなら問題ないだろう」
第88師団は大幅に人員を削減し、第88独立機甲旅団として再編されることとなった。これは第88師団が大きな損害を負ったのを誤魔化す為でもある。
さて、もう2人使える人材を確保しなければならない訳だが、ザイス=インクヴァルト司令官は意外とその方面には疎かったようだ。余裕そうな雰囲気を醸し出しているが、実際のところ全く当てがない。
「2人は私も当てがないが、1人ならオステルマン師団長に頼めばいいのではないか?」
「彼女にはより広範な権限を与え、引き続き軍団長を務めてもらいたいと思っておりますが……」
「しかし旅団長を確保する方が優先ではないのか?」
「ふむ、それは迷うところです。しかし……そう考えることも出来ます」
ザイス=インクヴァルト司令官にしては珍しく歯切れの悪い返答。彼も優先順位を決めかねているようだ。
「ふむ、軍団長というのは、そこまで必須なものか?」
「そうでもありませんが……そうですね、軍団長はあくまで指揮統制の効率化の為のもの、必須という訳ではありません。最適を求め過ぎていたようです」
「ではオステルマン師団長を機甲旅団長に任命するということでいいのではないかな?」
「はい。彼女の同意が得られればそうしましょう」
ヒンケル総統のほどほどを目指す政治手法が勝利した瞬間であった。
「ですが、最後の一人については本当に当てがありません」
「私に言われても困る」
「これは失礼を」
この件に関しては保留ということになった。そしてもっと多くの人間に機甲部隊を預けておくべきだったと後悔するローゼンベルク司令官であった。
「それと、クリスティーナ所長、戦艦の方はどうなっている?」
総統は白衣を着た金髪碧眼の女性、帝国の軍需産業全てを取り仕切るクリスティーナ所長に尋ねた。戦艦建造を主導しているのは大洋艦隊より帝国第二造兵廠である。
「あ、はい。戦艦の建造はかなり進んでいます。戦車建造の過程で色々と技術が習得出来たのが大きいですね。外から見たらもう完成している感じです。後は最終調整と試験を何度か行って、問題点を改善していくというところですね」
「それで、具体的にはどのくらいかかる?」
「最短では3ヶ月、最長だと2年というところですね」
「結構幅があるな……分かった。そこは期待しないこととする」
「それが賢明ですね。何せ初めての試みなので」
戦艦については気長に待つしかないのであった。